ラブちゃんは超人気アイドルだった ②
「じょ、状況は分かったよ。けど、なんで君は俺に教えてくれたんだ?」
「上月虎生が、悪い奴じゃないって知ってるから。恋愛研究部は、決してカルトなんかじゃない」
……やべ、ちょっと泣きそう。
「あの紙ヒコーキが飛んできた瞬間、俺の中の常識は一瞬で吹っ飛んだ。冷静になったんだ」
「冷静?」
「そうだよ。だって、ありえないだろ? 最低最悪の男子高校生が、頭にゴミを当てられたお返しに対話を求めてくるだなんてさ」
言って、彼は強い後悔の表情を浮かべ歯を食いしばる。
「俺の器の小ささを、目の前に突きつけられたかのような気分だった。事実を知りもしないで、ただ流れてきた情報に踊らされて、君に酷いことをした後悔がずっと消えないんだ」
「そうか」
「だから、せめて君は悪い奴じゃないって。俺は、俺は……っ」
そして、彼は。
「何とかしようと思ったんだ! 罪滅ぼしなんて、君への後悔を忘れたいだけの上っ面なのは分かってたけど! それでも、上月虎生って奴は自分へ悪意を向けてくる奴にも対話を持ちかけられる優しい奴だって伝えたかった!」
俺が泣くよりも先に、涙を一粒だけ流した。
「でも、全部遅かった。火は回ってしまった。問題があまりにも大きくなり過ぎて、俺みたいな奴じゃもうどうしようもなくて! だから!」
「もういいよ」
言って、俺は彼の肩を叩いた。
「充分だ、ありがとう」
こんなふうに俺を心配してくれる男がいるって、そう分かっただけで充分だ。
敵は多いかもしれないけど、一人でも俺の事を守ろうとしてくれた奴がいたってだけで充分だ。
俺の思いを汲んでくれて、争いを回避しようとしてくれただけで充分だ。
充分だよ。俺は、嬉しかった。
「君、名前は?」
「……
「そうか。下野、もうこの件には関わらない方がいい。酷い目に合うぞ」
「ば、バカ! 君は本当に状況が分かってるのか!?」
「分かってる。だから、もう俺に関わらない方がいいって言ってるんだ」
すると、下野は涙を拭って深いため息をついた。色々と言いたいことがあったようだが、全て飲み込んで抑えたようだ。
「どうして、彼女たちが君に甘えるのかよく分かった」
その点については、俺しか男がいないからってだけなんだと思ったが。しかし、下野は頷いて踵を返してくれた。引いてくれるようだ。
「気をつけて。上月には分からないかもしれないけど、嫉妬心は本当に醜くて、それでいて自分でも抑えられないような原動力になるんだ」
「分かるよ」
「……なに?」
「よく分かるんだ。俺も、死ぬほど嫉妬した経験があるから」
だから、本気で学べた。弓子姉さんの旦那さんに勝ちたくて、叶わないとは分かっていたけど、それでも本気で肩を並べようとしたから。
「ところで、下野。全部片付いたら、コイケンに入らないか? 男子メンバーが少なくて困ってるんだ」
一瞬だけ動きが止まったが、しかし下野は振り返ってはくれなかった。
「全部、片付けるつもりなのか?」
「あぁ、何とかする。学園内がピリピリしてたら、みんな安心して青春を送れないだろ」
あと、殺されたくないし。
「……負けたよ。本当に完敗だ、捻り出す言葉もない」
「買い被り過ぎだ。それで、答えは?」
だが、反応を見るに聞くまでもない。下野は、力無く手を上げるとそのまま静かに廊下の奥へと歩いていく。
「いや、遠慮しておくよ。俺みたいな奴に、ラブちゃんや他の女子たちと仲良く話す資格なんて無いから」
……なるほど。それが、コイケンに新しい部員がやって来ない理由か。
光があまりにも眩しくて、知っているからこそ近付けなくて。俺のように無知でないと、彼女たちとは真っ当に話せないという事なのだろう。
確かに、俺だって大好きな映画監督とは緊張してしまってロクに話せないに決まってる。
その人のいるコミュニティに入りたいかと問われても、決してそんな事は出来ないと答えるに違いない。
ただ、あいつらに限っては、恋に憧れている普通の女子高生なんだと主張させてもらいたい。みんなと楽しく青春を送って、最後には笑いたいだけの女子高生なんだと主張させてもらいたいのだ。
それが、凶暴な虎である俺の意見だよ。
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