変態の片鱗 ①

 021



 まだ僅かながらの付き合いではあるが、十束切羽という女ほどヒーローの名を冠するに足る人間は世界中を探してもそう多くはないと俺は考える。



 高校生というミクロ的な見識しか持たない立場の俺が世界中を語る事のおこがましさはさておき。それでも、彼女の持つスキルが尋常の範疇に収まると思う方がむしろ不自然であるだろう。



 ヒーローの条件とは、ズバリ強い事である。



 強くないヒーローは悪に淘汰されるのだから、『生き残ったヒーローこそが正義だ』という身も蓋もない意見を否定出来ない限りその理論は覆らない。



 つまり、彼女の思想の善悪に限らず、第八学園においての正義とは十束切羽であるという事だ。



 俺と同じように、きっと何者にもなれないモブキャラたちは、風紀委員に所属する彼女が真っ当で美しい思想を掲げている事に感謝するべきだろうな。



 ……ところで、キルケゴール曰く死に至る病の正体とは『絶望』だそうだ。



 ならば、切羽が卒業した次に第八学園に君臨する正義が悪いモノだった時、果たしてこの学園のモブキャラたちは正気を保っていられるだろうか。



 十束切羽ですら、必ず歳を重ねる。彼女ですらに奪われる、もしかすると正義や恋愛の本当の正体は『時間』なのかもしれない。



 そして、その時間にすら有意義と不意義があるのだから、どちらかと言えば有意義に人生を過ごしていきたいモノである。



「虎生、やはり掃除は楽しいな。私たちが楽しんだ青春の時間を視覚的に教えてくれている気がするよ」



 ……なんて、脳内で哲学的な引用をしながらせっせと働く俺の隣で、鼻歌を歌い終わった切羽がニコニコしながら口を開いた。



 頭には白い三角巾を巻いて、もはや見慣れた掃除のおばちゃんと同じ緑のエプロンスタイル。浮かべているのは、相変わらずのポンコツスマイルだ。



「花瓶も割らなくなったしな」

「あぁ、花も喜んでいる。もう10個増やしたって割れる心配はない!」



 刮目せよ、第八学園。これが、この学校の正義である。



「新装開店かよ、そんなに増やしたら下品だ」

「ふふん。知らないのか? 天国には、たくさんの花が咲いているんだぞ。つまり、花いっぱいは幸せだ」



 アホに返す言葉は見つからず、胸を張りドヤ顔を向ける姿へ適当な返事をする。掃除でここまで喜べるなら、俺の好きな映画を見たら面白過ぎて卒倒するに違いない。



 そんなことを考えて、俺は切羽の集めたの山にチリ取りを備えた。



「そっとだぞ。虎生、そーっとだ」

「はいよ」



 今は、翌日の昼休み。



 最初は一週間に一度だった掃除も、今では三日に一回にまで増えている。手際がよくなった彼女となら、大した時間もかからないしいい暇つぶしだ。



 掃除が終われば、今度はそのまま部室で昼食を摂る。最近はクラスに居辛い時も増えてきたから、俺としても避難場所があって助かってるってワケさ。



「待て、何だその昼食は」



 袋の中からデスクに置いた飯を見て、切羽は訝しげな声を漏らした。



「何って、コンビニのおにぎりだよ。好きなんだ」

「まったく、栄養が偏ると良くない。おかずを分けてあげよう、私が作ったんだぞ」

「マジか、サンキュ」



 花見の時も思ったが、こいつの作る弁当は地元の郷土料理チックで非常に馴染み深い。山菜の辛子和えに牛しぐれ、卵焼きには胡桃が包んであって香ばしかった。



「切羽って、武道しか出来ないとかいいながら料理は相当な腕前だよな。なんで嘘ついたの?」

「実は、祖母が料理帳をつけてくれていてな。『火加減や調味料に少しもを出さないように』という約束を守っているのだ」



 道理で、このラインナップにも納得。ついでに、英語の発音のルーツもそこなような気がする。



 さてはこいつ、おばあちゃん子だな?



「因みに、オリジナリティを出すとどうなる?」

「一度家族へ振る舞ったのだが、母が私の頭を抱いて『ごめんね』と呟きながら撫でてくれた。そういえば、厳しかった兄たちも優しくなったぞ」



 なるほど、ちゃんと壊滅的な腕前でよかった。



「でも、言われた通りに作れるだけ偉いよ。実際、それが出来ない奴が闇を生み出すんだしさ」

「ふふ、そう言ってくれると早起きして作ってきた甲斐がある。嬉しいよ」



 ん?今のは何かおかしくないか?まるで、掃除のある今日を狙って作ったかのような。



 ……考え過ぎでないのなら、例の胸いっぱいの感謝とやらをしっかり噛み締めておこう。

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