お花見事変 ⑤

「みなとみらいって、横浜のみなとみらいだよね?」

「横浜か、随分と遠い場所だな。ラブリは行ったことがあるのか?」

「ロケで行ったことあるよ、楽しかった!」



 横浜は、俺が想像しうる中で最もいけ好かない街だ。



 中華街だの馬車道だの桜木町だの山下公園だの、きっとそこを歩く奴らは明治時代の威光を己のステータスと勘違いして、オシャレでイケてると思い込んでいるに違いない。



 そんな光の場所を俺が歩いたらどうなるか。そう、劣等感で地に伏してしまうに決まっている。



 だから、俺は横浜が嫌いなのだ。行ったことないけど。



「凄いな、私たちの町とは風景がまるで違う」

「こんなビルなんて見たことないよ」

「海の上に木の橋が掛かってるんだけどね、そこを好きな人と歩きたいと思ってるんだ。観覧車とか見えるんだよ〜」

「お洒落を詰め込んだかのような風景ですね」



 気が付くと、彼女たちはラブのスマホの写真を見てわいわいと盛り上がっていた。ロケの休憩中にでも撮影した写真だろうか。



 というか、ラブってご当地レベルじゃくて結構本格的なアイドルだったんだな。なんで辞めたんだろ。



「桜木町には、やっぱり桜が咲いてるんですか?」

「そうなの! さくら通りっていう500メートルくらいの並木道があるんだよ! 途中で大道芸やってる人とかいた!」

「500メートルですか、この並木道の3倍くらいはありますね」

「圧巻だ」



 聞いているだけで体がチリになりそうだった。俺は興味なんてない、興味なんてないんだからね。



「トラは横浜好きだよね。この前も、神奈川近代文学館の話してたし。ランドマークタワーとか伊勢佐木町も見たいって言ってたよね」

「……そ、そうだったかな」

「そうだよ。だから、ボクも名所の名前を覚えたんだもん」



 いや、別に好きじゃないですけどね。あくまで、近代文学に興味があるだけですし。周辺の観光スポットなんて調べてないですけどね。



「そっか、トラちゃんって横浜好きなんだ」

「違う、そうじゃなくて」

「んふふ。じゃあ、今度あたしが案内してあげるよ。嬉しいでしょ?」



 ……クソ、何も言えねぇ。



「機会があったら頼む」

「うん、機会があったらね」



 そんなワケで、普段通り俺の回答はあっさりスルーされ恋バナは終わった。既に弁当箱も空で、時刻は15時過ぎ。帰るにはちょうどいい時間と言えるだろう。



 013



「片付けるよ」



 しかし、すっかりお話に夢中になっているお姫様たちは生返事をするだけで動いてはくれない。仕方ない、弁当も作ってくれたし片付けられる範囲で終わらせておこう。



 そんな事を思って、動き始めた時だった。突然、俺たちの元へ見知らぬ男たちがやってきたのは。



「何してるの〜?」

「……え?」



 何してるも何も、桜の木の下でやることなんて花見しかないだろうに。ナンパにしても、他に謳い文句があるだろう。

 よく見ると、先ほど遠くに見えていた酒飲みのガタイのいい大学生らしき男たちだ。しかし、俺よりも大人なの全然スマートじゃない。そんなことを他人事のように思っていた。



「お花見してましたよ〜」



 流石、元アイドル。意識外からの襲来にも万全の対策が出来ている。



「一緒に飲まない?」

「すいません、あたしたち高校生なので~」

「へぇ、そうなんだ! 大人っぽくて全然見えないね!」



 見え透いた言葉だ。ラブは、どちらかといえば幼い顔をしているだろうに。

 それにしても、俺ってマジでモブなんだな。夕が見間違えられるのは仕方ないとはいえ、同じ場所に男がいたら普通は声なんてかけないハズだ。



 酒のせいだろうか。まぁ、あれだけ丁寧に断られていれば諦めるだろう。



「そ、そうでしょうか」

「そうだよ! すごくかわいいよ!」

「おい、そのくらいにしておくんだ。私たちは、そういう目的でここに来たのではない」



 ある意味、そういう目的で来たんじゃないのかと切羽にツッコミそうになった。多分、好みのタイプじゃなかったのだろう。



「そんなこと言わないでよ、ねぇ」



 気が付くと、星雲は俺の後ろに隠れていた。夕も呆れたような表情で俺に視線を送り、ラブは相変わらずピカピカの笑顔を張り付けている。



 プロだなぁ。



「しつこいぞ、断っているのが分からないのか? お前たち、そんなに大きな体をして女子高生に絡むなんて恥ずかしくないのか?」

「……なんだと?」



 瞬間、空気が変わったのを察したのか切羽が臨戦態勢に入った。マズい、あいつらが殺される。



「落ち着け、切羽。ここは黙って帰ろう」



 俺は、連中の命を守るために切羽の体を抑えて宥めた。



「止めるな! 虎生! こいつらは、私の後輩を怯えさせたんだ!」

「バカ! お前が暴れたらとんでもないことになる! 相手は酒も入ってるし――」

「うるせぇ! 横から入ってきてなんなんだよコラァ!」



 瞬間、男が払った手が切羽の顔面に当たる。パシンと音が鳴って、少しよろめき俺に体を預ける。小さく、切羽の声が漏れたのが聞こえた。



 ――ブヂィ!



「女だぞテメェッ!!」



 気が付くと、俺は手を払った男に馬乗りになり顔面を殴りつけていた。人間とは、ブチ切れると本人でも想像のつかないパワーを発揮するモノらしい。



 俺は、周囲で花見をしていたおじさんたちに止められるまで、人の殴り方も知らなかったにも関わらず、何度も何度も、メチャクチャになるまで奴をぶん殴っていた。



 意識を取り戻したのは、風でズル剥けた拳がズキリと痛んだ時。泣きそうな顔で俺を見ていたコイケン部員の表情が、やたらと印象的だった。



「……ビビらせて悪かった」



 そして、俺はやってきたお巡りさんに連行されて事情聴取を受けることとなった。

 夜になって父さんが迎えに来て家に戻ることとなったが、俺の心は周囲の人たちに迷惑をかけてしまった気持ちでいっぱいだ。



 せっかく楽しい気分で終わるハズだったのに。点と点で結ばれる運命とは、やっぱり俺に立ちふさがる困難の壁なんだと再確認させられる事件だった。

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