彼女たちは真実を隠したがる ①

 007



「というワケで、新入部員の星雲こはると香島夕だ」

「よ、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」



 放課後、俺はラブと切羽の待つ部室へ二人を連れてやってきた。反応は上々、コイケンのお姫様方も喜んでくれているようで何よりだな。



「ようこそ〜、いっぱい恋バナしようね〜」

「歓迎するぞ、二人とも」



 なぜここに夕がいるのかというと、単純に俺と夕の名前を互いの部へ貸す事にしたからだ。

 こうすれば、両部とも部室を継続して使える。ついでに言えば、ラブコメ小説を書きたい夕にとって彼女たちの話はきっと役に立つだろうしデメリットも少ない。



「俺と夕は基本的に互いの部で活動するけど、気が向いたら遊びに来るってスタンスでやるよ。部室も近いしな」



 まぁ、俺も夕に何度かコラムを提供しているから向こうの先輩と面識もある。不便は特にないだろう。



 ……という挨拶を文芸部にも済ませて、俺はコイケンの部室に戻った。



「これで、トラちゃんの役職は副部長兼企画兼スーパーアドバイザー兼人事兼外務になったわけだね!」

「なったわけではないだろ」

「虎生はコイケンの総合職だな」

「総合職ってそういう意味じゃないからな」



 しかし、ポンコツ二人組は意味を理解していないらしく、口元に人差し指を当てて目を点にしながらユラユラと揺れていた。



「わ、私は何をすればいいでしょうか」

「う〜ん、コハちゃんは会計!」



 一年生に金の管理を任せていいモノかと思ったが、彼女たちに任せるよりは幾分マシだろう。

 ラブはまともな金銭感覚を持ってない可能性が高いし、切羽に至っては預けたら電車の中に置いてきたりしそうだからな。



「分かりました! 頑張ります!」



 意外と前向きだ。そういう反応は、金を任せる身としても安心できる。



「さて、今日はまず新歓コンパを兼ねたお花見イベントの計画を練るよ。来週末に桜が散っちゃうから、今週中に行こうね」

「花見か!」

「……お花見と恋愛に、なんの関係が?」



 それは、俺も前に聞いた時から気になってた。



 なるほど、星雲は恥ずかしがり屋な性格由来なのか割と俺寄りの感性を持っているようだ。対立した時に味方がいるのは心強い。



「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれましたコハちゃん。実を言うと、我々コイケンは恋愛を多角的に研究する為にあらゆるデータを収集しているのです」



 初耳だ。



「つまり! これも研究の一環! コイケンの目的は、数多のイベントに恋愛要素を見出すことで! 私たちがキュンキュンしてしまうシチュエーションを科学的に解明する事です! おまけに楽しいし、その後の恋バナで意見を出し合えばまさに一石三鳥となる素晴らしいアイデアなのです!」



 それ、言うほど科学的な研究か?



「そして、データが集まった頃には私たちはきっと恋をしているでしょう。何故なら、恋愛は楽しいという事を身を以て知ることになるからです。あと、運命の王子様はいます」



 この女、面白過ぎるだろ。



 しかし、真剣かどうかを判断したくて切羽を見ると、彼女は腕を組んで沁み沁みと、そして深々と何度も頷いていた。

 つまり、彼女たちにとってはこれが正解で、どこまでもマジにやっているということだ。



 控え目に言って、マズイ状況だと思った。



 活動の正誤はさておき、この様子だと実際にデータを学術的に研究して成果を出すのは俺の仕事という事になる。



 成果を出さなければ部活じゃないのに、間違いなくこいつらの頭の中にはそんなアプローチを仕掛ける考えが欠片も存在してないのは明らかだからな。



 だが、そんなの素人である俺の手には負えない。心理か生物か統計か、そのどれか一つでも大変なのに全部だなんて、どう考えたって時間も足りないに決まってる。それくらい、きっと星雲なら分かってくれるだろう。



 サンプルは、彼女の友人の経験や商業作品なんかでもいい。なんなら、両親の馴れ初めなんかを聞いてもいい。学者の論文を読むのでもいいし、とにかく幾らでも情報は集められるハズだ。



 それくらい、俺でも思いつくんだ。ならば、きっと星雲なら俺と同じ事を考えてくれるに違いない。



「なるほど! そうだったんですね!?」



 ……あれ、星雲さん?



「そうだよ! それに、そういうところに遊びに行ったらきっと好きな男の子も出来るよ! イベントには魔法がかけられてるんだよ!」

「うむ。流石、私が惚れた女の中の女だ。ラブリの考えには感服する他ない」



 他ない。じゃねぇだろ。



「確かに、恋愛には『勢い』という謎の力があると聞きます。代表的な場所だと、ビーチやゲレンデなんかに潜んでいるとか」

「コスチュームには不思議な魅力がある。スノーウェアは代表例の一つだな、袴もいいぞ」

「分かる、かっこいいよね〜」



 もうダメだ、おしまいだ。宙ぶらりんのまま会話が次のフェーズに移っている。このスピード感に、俺は置いてけぼりをくらってしまったのだ。



 きっと、二度と軌道修正の機会は訪れない。俺は、この二週間という短い時間で彼女たちの事を嫌というほど分からされている。



 経験則から言えば、それが間違いのない事実なのだ。

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