星の子は憧れている ②
「あの、上月先輩!」
満たされていない腹を叩いて誤魔化しながら教室へ戻ろうとすると、いつから俺を見ていたのだろうか。
その機会を今か今かと待ちわびたであろうリー・ハーヴェイ・オズワルドのように、彼女は勢いよく俺の目の前に現れた。
「……あれ、さっきの一年生」
「は、はい! 先程はありがとうございました! 急いでいてお礼を言えなかったので、ご迷惑かとも思ったのですがお呼び出しさせてもらいました!」
何か、釈然としないモヤモヤを胸に抱えつつも、俺は痛い目に合わされないのならそれでいいとベンチマークを落して安堵した。
まぁ、申請すれば誰でも使えるとはいえ、わざわざ校内放送で呼び出してまでお礼を言いたがったんだ。
少し思慮は浅いが、ついこの前まで中学生だったのだから当然だろう。俺は、そういう不器用さが嫌いではない。
……嫌いではないが、しかしこの呼び出しは些か不可解であると言わざるを得なかった。
「君は、なぜ俺の名前を知ってるの?」
すると、彼女は突然顔を真っ赤にして俯いてしまった。「うぅ」だの「あぅ」だの、恥ずかしくて言いたいことを言い出せないといった様子。
しかし、いいぞ。
俺は幾らでも待つ。こんな時、急かして彼女が本当に言いたいことを言えなかったら互いに消化不良で疑問を抱えることになる。そんなダルい事を誰も望んじゃいないだろうからな。
「えっと、実は他にも用事がありまして。むしろ、そっちが本題という見方もありまして」
「だろうね」
「あの、ですね……」
待っている間、俺は彼女の容姿を深く観察することにした。
長い髪をおさげにして前へ流し、目には不釣り合いに大きい丸眼鏡をかけている。目の色はオレンジに近いブラウン。肌は白いが、よほど照れているのか真っ赤に染まっている。
身長はかなり低い。失礼ながら、中学生が高校生の制服を着ているようにしか見えない。
声も相まって、その手のマニアには異常に好まれそうだと言わざるを得ない。何だか、背徳感の塊みたいな女の子だと思った。
「う、う……っ」
そんな事を考えながら見ていると、彼女は見られていることで緊張したのか空中で手をワシワシし始めた。
だから、俺はモスクワ遠征にて故郷を尊び物思いに耽けるナポレオン軍兵士のように、遠い空を眺めて彼女から目を離した。
やがて。
「わたし、こ、こきょ、きょいしたいんでしゅ!」
「……きょい?」
そんな言葉、あったかな。
「はわ……っ! ち、違うんです! きょいっていうのは噛んでしまっただけなんです!」
「お、落ち着いてよ。ほら、深呼吸しよう」
「は、はい。すー……はー……」
ようやく落ち着いたのか、彼女は何かを思い出したようにブレザーのポケットをゴソゴソと探ると、その中からスマホを取り出してとあるSNSのプロフィールを俺の目の前に差し出した。
「コイケン? これ、ウチの部活の広報アカウントなのか」
「は、はい。あの、トイッターで見つけて。恋愛研究って憧れるなぁと思いまして。私、いつもブログで議事録を読ませてもらってたんです」
「お、おう」
部長殿、そんなことまでしてたのか。道理で議事録なんてモノを書かせたがるワケだ。
「なので、一度でいいから参加してみたくて、何度も部室前まで行ったんですけど。全然、中に入る勇気が出なくて困ってたんです」
「うん」
「そ、そしたら! 上月先輩が助けてくれたから! 私、これが四葉先輩の言う運命なんだなって思いまして! だから……っ!」
最後の一言が言えなくて、怖いのか目をつぶって胸の前で手をギュッとして、顔を真っ赤にしながら俺を見上げる姿は、生まれたての子鹿が立ち上がる初めての努力にも似た感動を俺に与えてくれた。
頑張れ。
「私を、コイケンに入部させてください!」
「いいよ」
答えると、彼女は何故か呆気に取られたような様子で俺を見ていた。どうやらフリーズしているようだから、その隙にラブへ「部員一人確保した」と返信をしておいた。
しばらくして、次の授業の予鈴がなる。そろそろ、教室へ戻ろう。時間もないし、走るハメになりそうだ。
なんだか、今日は走ってばっかりな気がする。校舎が広いからそれなりに疲れる上、午後には体育が控えているから堪えるよ。
「それじゃ、放課後に部室へ来てよ。二人も喜ぶ」
「は、はい」
「名前は?」
「
「分かった。それじゃ、また後で」
何だが、偶然一人部員が手に入ってしまったが、しかしここまで純粋で恋愛に憧れてる子だと逆に困る。
せっかく希望を持って入部して、蓋を開けたら部室が無いではガッカリしてしまうかもしれないからな。
あんなに頑張ったのに、そんなのってあんまりだろう。
……かくなる上は。
「おかえり、トラ。どうだった?」
「問題なかった。それより、夕。お前に一つ提案があるんだ」
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