ようこそ、恋愛研究部へ ③

「こ、ここって何をする部活なんだ?」

「恋愛の研究だよ」

「統計学とか心理学とか生物学とか、そういう話?」

「あ、それいいかも。トラちゃんが入ってくれるお陰で、活動方針も具体的に決まるね。副部長決定!」



 ぐ、ぐにゃ~。



 いや、まだだ。まだ諦めるワケにはいかない。



「四葉は――」

「ラブちゃんだよ。四葉だと、家族の誰なのか分からないでしょ?」



 少なくともここでは分かるだろ。というツッコミはさておこう。



「……ラブは、この部活を作って何をしてたんだ?」

「今月のイベント考えて、部員勧誘のポスター作って、少女漫画読んでた。トラちゃん、絵は描ける?」

「いや、そういう技術はない」

「そっかぁ。あたしねぇ、猫ちゃんは結構うまく描けるよ。書いちゃお。んふふ」



 言って、ラブは憎たらしいくらいにかわいく笑った。思わず見惚れて目を逸らしてしまう俺の情けなさを、どうか笑わないで欲しい。



 ソフィアって、確かブルガリアの首都だったか。苗字が日本名って事は、半分くらいは大和の血が流れてるんだろうが。そんな事は、普通に考えれば誰でも分かる。



 長いウェーブのピンク髪に丸い猫みたいな翠眼。やや高い鼻と健康的な白い肌は、正しく東南ヨーロッパらしい特徴だ。

 向こうの女性は大人びた印象だが、日本の血が入るとややロリっぽい感じになるらしい。人懐っこい印象も、醸し出される雰囲気から受けるモノなのだろう。



 そういえば、ブルガリア文学は唯一的な宗教観と複雑怪奇な戦争の歴史から生まれた、恋愛や生死に関する感動的なモノが多いらしい。

 ラブは、悲劇的な叙情詩に心を打たれる民族の末裔故にそんな人格になったのかと邪推して、甚だしく迷惑だとため息をついた。



 閑話休題。



「要するに、俺が聞きたいのはどうして二年生になってからこんな妙ちくりんな部活を作ったのか、という話なんだよ」

「春休み中に思い付いたんだもん。面白そうじゃない? みんな恋バナ好きだし」

「……運命の人を見つけるとか、そういう話じゃないのか?」

「違うよ。トラちゃんのことは、前に見たことがあるな〜って思っただけ。んふふ」



 どうやら、この「んふふ」と微笑むのがラブの癖らしい。人と話すのが好きみたいで、ずっとニコニコしている。

 そんなに楽しそうにされると、何だかつられて変な笑みを浮かべてしまいそうだ。



「なら、男子生徒の入部は望むところじゃないだろ。恋バナなんて、女同士でするから楽しいんだろうし」

「そんなことないよ。恋バナしようよ、恋バナ。トラちゃん、好きな子いる?」



 俺の小手先の話題など、鼻息で吹き飛ぶ塵と同義であるらしい。最早、打つ手はない。大人しくラブが満足するまで話に付き合おう。



 すまんな、夕。お前の今日の予定は部活動だ。



「いや……」

「そうなんだ。あたしもいないんだよね、恋したくない?」



 気が付くと、ラブは誕生日席のパイプ椅子を俺の側に置いて、新しい椅子を広げて正面に座った。

 ここに座れ、ということなのだろうが。なぜ俺に新しい椅子を渡さないのか理解が出来なかった。



「どうだろうな。今のところ、したいとは思ってない」



 仕方なく座ると、妙に温かくてドキッとした。艶めかしくて嫌な感じだ。



「なんで? 絶対に楽しいよ〜」

「なんでって、逆にどうしてラブはそんなに恋愛したいんだ?」

「したことないから。あたし、運命の人と結婚してお嫁さんになるのが夢なの」



 あまりにも堂々と語るモノだから、冷笑する気が少しも起きなかった。一片でも恥がないと、夢って聞き惚れてしまうモノなんだな。



「そんだけ明るくて美人なら、アプローチも結構貰ってるだろ」

「まぁね、でもビビッと来ないんだよ」

「ビビ?」

「うん。なんでか知らないけど、ラインで告白されるんだよね。そういう大切な事は直接言ってほしいのにさ!」

「お、おう」



 適当な相槌にムカついたのか、それとも何かを思い出してヒートアップしたのか。ラブは、デスクにバン!と手を叩きつけ対面にいる俺の方へグイと顔を近づけた。



「なんでちゃんと好きって言ってくれないのって思わない!? デートするにも他の友達みんなと一緒とかだしさ! 二人っきりの方がお互いのことちゃんと知れると思うんだけど!」

「まぁ、一理ある」



 どちらかといえば俺はそのメンズたちの気持ちの方がよく分かるのだが、剣幕が怖いから否定しないでおこう。



「行き先だってみんな同じ! 動物園も水族館も飽きちゃったよ!? そもそも、ファミレスとかカフェで一緒にお茶してる方がいっぱいお話出来るでしょ!」



 相手はお前のこと好きだから見つめ合うと緊張するんだろ。



「しかも! お話するのは自分のことばっかり! あたしはまだ好きじゃないから興味ないのに! あたしだって喋らせて欲しいのに!」



 少しでもお前にカッコいいところ見せたいって思うからだろ。



「だから、そうやって恋に悩める人たちとお話するためにコイケンを作ったの! みんなで恋バナしたら、きっとあたしはもっといい女になれるし!」



 それ以上いい女になってどうすんだよ。



「なので、トラちゃんには副部長兼企画兼スーパーアドバイザーとして活躍してもらうよ。よろしくお願いします」



 一通り喋って満足したのか、ラブは頭の位置を戻して深々とお辞儀をした。何だか、あざとくて参ってくるな。

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