ようこそ、恋愛研究部へ ②
部室棟の階段を、すれ違った一人の男子生徒を横目に見ながら登る。
文芸部室は、三階の最奥から三個手前。最奥は物置、その手前はガス漏れにより使用禁止となっている為、文芸部は実質的に一番奥へ追いやられている可哀想な部活と言えるだろう。
因みに、部員は夕と三年生の男子生徒が一人、そして今年入った後輩の女の子が二人。
第八学園の方針上廃部になったりはしないだろうが、他にクラブが出来れば部室を追い出されるくらいはするかもしれない。
確か、部室の利用規約に『正式部員五名より』という記述があったハズだからな。アーメン。
「……おろ?」
夕が中で後輩たちと何かを話している最中、ふと廊下の奥に目を向けると違和感を覚えた。
最奥の部屋から、明かりが漏れている。あの部屋は間違いなく物置だったハズだが、どうにも様子がおかしい。
誰かが探し物でもしているのだろうか。それにしては、あまりにも物音が聞こえなさ過ぎると思うが。
何れにせよ、この違和感は夕を待つ暇潰しにもってこいだ。もしも何かを探しているのなら、手伝ってあげれば鶴のようにお返しが貰えるかもしれないしな。
……なんて。
まさか、七面鳥に電気ショックを与えようとして死にかけたベンジャミン・フランクリンのように呑気な考えで扉を開いたことが、俺の青春の行く末を決定付けることになるとは。
一体、誰が想像出来たか。もしもこの時に時間を巻き戻せるのなら、俺は俺の手足をふん縛ってでも止めただろう。
「ごめんください」
部屋の中へ入ると、そこはスッカリ片付いた部室であった。
他の部室と同じように、大きなウッドデスクとスチール製のキャビネットが置かれている。
他には、一輪の花が指してある花瓶。持ち込んだであろう文庫本と漫画本が何冊か積んであるくらい。
如何にも新しく作られた場所といった様子で、壁紙やカーテンに使用感が見られない。このクリーンな空気は、まさに新年度の幕開けに相応しいと思った。
002
「……誰?」
その中で、誕生日席に置いたパイプ椅子にチョコンと座り、驚いた表情で俺を見つめる女子生徒が一人。彼女がこの部室の主であるという事は明らかだ。
それにしても、ピンク髪に翠眼とは。どうやら、純血の日本人ではないらしい。
「失礼しました。ここ、先週まで物置だったと思って気になったんです」
「そっか。でも、この部室に来たって事はきっと運命だよ。はい、この紙にサインをしてね」
言いながら、スチール製のキャビネットから一枚の紙っぺらを取り出した彼女は、ウッドデスクの上に置いてさり気なく俺の背後に周り扉へ鍵をかけた。
「はい?」
「ようこそ。恋愛研究部、通称コイケンへ。あたしは部長の
なん……だ……?この女は。
「そのネクタイの色、あたしと同じ二年生だね。名前は?」
「か、
「トラちゃんかぁ。なんか、どっかで見たことあるなぁ。もしかして前に会ったことある?」
「いや、ないと思う」
やや物憂げでポツンとした雰囲気から一転、四葉はブラジルとアルゼンチンを二つに割くイグアスの滝の如く世界最大級の
「本当に? 実は、昔ソフィアで離れ離れになった幼馴染だったりしない? 日本に引っ越してきた頃、あたしを道案内してくれた親切な男の子だったりしない?」
「しないハズだ」
「なら、あたしの心臓を治すためにドナーになってくれた名も無き優しい人だったりしない? 或いは、あたしが海に送った牛乳瓶の手紙を読んでくれた運命の人だったりしない? もしくは、テロから助けてくれた軍人さんの一人息子だったりしない?」
「しねぇってば! 何なんだよ! こえぇよ!」
言うと、四葉はガックリと肩を落として元いたパイプ椅子に座った。どうやら、狂いつつもそれなりに話の通じる奴みたいだ。
……それにしても、こいつの過去ヤバすぎだろ。もしかして全部本当のことなのだろうか。
「そっか、トラちゃんはあたしの運命の人じゃないんだ」
というか、トラちゃんて。何なんだ、こいつの人懐っこさは。
なんて考えかけたが、深く入り込むとロクな目に合わないと直感したから、俺は引き攣った表情を無理やり無に戻して踵を返した。
「残念だけど、そういうこと。それじゃ、俺はこれで」
「あ、その扉は内側からも鍵を使わないと開かないよ」
「……なに?」
ヒヤリ、背筋な刺さるような悪寒が走る。
「帰りたかったら、入部届にサインしてね。四月中に五人の部員を集めないと部室を追い出されちゃうの。知ってるでしょ?」
やべぇ奴だ。少なくとも、下手な質問して刺激するのは良くない。自意識過剰かもしれないが、何かの拍子に運命の相手にされかねないからな。
……スマホは、圏外か。壁も、楽器を使う部活も想定しているせいで防音性。
チクショウ、一部屋挟んでいるから夕に助けを求める事も出来ない。俺一人で何とかするしかなみたいだ。
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