第51話瘦身の男

 突然人が倒れ始めた魔法都市。

 その中にあって、堂々たる足取りで都市の中心に向かっている男がいた。

 

 おそらく、今尚ヒビキとシュカを苦しめている力はこの男のものだろう。

 そう思って、俺は剣柄を握った。


 しかし、唯一無事だったソフィアが俺に鋭く警告した。

 

「キョウさん、不用意に仕掛けないでください。相手は王国の魔法技術の結晶を突破し、この都市に侵入した敵です。私にもどんな力を使ったのか分かりません」


 彼女は鋭い目で痩身の男を据えていた。

 

 彼女が治療したシュカは、先ほどよりも呼吸が穏やかになっていた。

 けれども、真っ青な顔をして目を覚まさない。ソフィアの治療ですら彼女の目を覚ますことはできなかったらしい。

 

「シュカの馬鹿、待ち望んだ強敵だっていうのに寝坊か。普段の威勢はどこ行った?」

「これは技術で受け流せる類の攻撃ではありませんからね。おそらく強力なスキルが必要です。シュカさんの力で対応できないのは仕方ありません」

 

 ちら、と仲間たちの様子を見る。顔を真っ青にしたシュカ。何事かブツブツ呟き続けて焦点の合わないヒビキ。

 ソフィアの場合は、聖女としての力で力の影響を防いでいるのだろう。

 

 おそらく、あの男を倒せばこの力は収まる。

 そこまで分かれば十分だ。

 

「ソフィア、あれを初撃で仕留める。支援を頼めるか?」

「キョウさん、あなたは本当に……いえ、その方がいいかもしれません。承りました。全力で支援致します」


 ソフィアが何事か唱えると、俺の体に力が湧いてくるのが分かった。

 SSランクのスキルによる支援魔法。体に力が行きわたる。


 傲慢の魔剣は――相変わらず抜けない。

 俺は普通の剣を握りしめると、瘦身の敵へと飛びかかった。


「フレーゲル剣術――『ツインスパイク』」


 今まで繰り出した技の中でも一番のキレだった。

 ソフィアによる全力の支援魔法の恩恵は大きい。今までは俺の成長のために敢えて使わなかったのだろう。この状態なら、ダイヤモンドエイプすらも一撃で倒せそうだ。

 

 俺の気配を感じたのだろう。驚いたように瘦身の敵が振り返る。

 無手だったはずの彼の手にはいつの間にか幅広の肉切り包丁が握られていた。

 彼はそれを振るうと、俺の剣に合わせてきた。


「グッ……」


 感じたことのない手ごたえだった。まるで虚空を攻撃しているような感覚。鉄と鉄で打ち合っているとは思えない。

 暖簾に腕押しとはこのことだろうか。剣の接触部分を見る。肉切り包丁と剣の間には、ポッカリと浮かんだ「暗黒」が浮かんでいた。


「ッ!」


 無理やり距離を離して体制を整える。瘦身の敵は先ほどの肉切り包丁を構えて俺を見た。


「なぜ、動けている?」

「なんでだろうな。俺が馬鹿すぎて効かなかったのかもな」


 おそらく、先ほどのは精神攻撃の類だろう。ヒビキの様子などから、俺はそう推測する。

 肉体に影響する術であれば、ソフィアの治癒で治せたはずだ。幸運にも俺にはこういった類の攻撃は効かないらしい。


 敵の範囲攻撃は防げたが、彼が手に持つ肉切り包丁の性能が分からない。

 

 先ほど空中に「暗黒」を展開した得物を油断なく観察する。まるで、次元の裂け目がぽっかりと開いてしまったような光景だった。

 飲み込まれれば最後、二度とこの世界に戻れないような予感がする。

 

「あれは……なんだ?」

 

 疑問が口からこぼれてくる。

 すると、唐突に傲慢の魔剣が話しかけてきた。王城で喋って以来話しかけても答えなかったくせに、自分が話したい時は口を開くらしい。

 

『おい小僧。あの剣なかなかの業物じゃぞ。我ら七罪の魔剣ほどではないが、国宝になっていてもおかしくないレベルの魔剣じゃ』

「へえ、プライドの高いお前が言うんだから本当だろうな」

『ああ。虚空を生み出し、次元の彼方へ敵を飲み込む魔剣じゃ。最も、我ら七罪の魔剣が一本、「暴食」に真っ二つに折られて今ではあのような惨めな姿じゃがのう』


 くつくつ、と笑う気配がする。つくづく性格の悪い剣だ。

 察するに、もともと長剣だったあの剣は真っ二つになって包丁程度のサイズになったらしい。とはいえあの特殊能力がある以上危険度に変わりはないだろう。


『じゃが、未熟な小僧であればあっさり負けかねない。――せいぜい気を引き締めることじゃ』

「そこまで分かってるなら力を貸してほしいもんだがな。…………無視かよ。相変わらず性格の悪い奴」

 

 剣を構える。瘦身の男は猫背のまま肉切り包丁を構えてぼそぼそと話した。


「耐性スキル持ちか……黙ってここから去れば見逃してやる。背中を向けて立ち去る気はあるか?」

「そうしたらお前はどうするんだ? 今苦しんでいる人は解放されるのか?」

「知らない。勝手に苦しんでいるだけだろ。この都市は魔物の根城に改造する。エサにでもするさ」 

「それなら、ここでお前を倒す」

 

 他に選択肢がないことは分かった。後はやるだけだ。

 

 2回目の攻撃はやや慎重に。距離を詰めていく俺に対して、瘦身の男は間合いの外から肉切り包丁を振った。

 刃先から先ほども見た「虚空」が飛び出す。それは一直線に俺の元へと飛んできた。


「ッ……飛ぶのかよそれ……どういう理屈だ!」


 辛うじて剣を合わせて、無理やり逸らす。「虚空」はどこか遠くへと消えていった。


「めんどうだな……」


 短い肉切り包丁を構えているだけなのになかなか近づけない。剣が届くビジョンが浮かばない。魔法を使っても同じだろう。

 観察していたソフィアも打開策を思いつかなかったらしい。険しい表情で状況分析を続けている。

 

「ヒビキとシュカは起きないか……」


 ちらと様子を見るが、二人はまだ苦しんでいるようだった。

 早く解放したいところだが、治療のプロであるソフィアが治せないと判断したのなら俺にはどうにもできないだろう。

 目の前の敵を倒す以外方法はない。

 

「お前、俺の嫌いな顔をしているな」


 瘦身の男がぼそぼと話した。彼の無気力な瞳が俺を見ている。


「世界は希望に溢れている。そんなことを考えてる奴の顔だ」

「まあ、俺は楽天家らしいからな」


 Sランクのスキルを持っているほどだ。


「気に食わない。お前も、この都市も、人間も。すべて虚無に返してやる」


 男が肉切り包丁を構える。また先ほどの攻撃が飛んでくるのか、と身構えた俺の目に映ったのは、予想外の光景だった。

 肉切り包丁を振るい「虚空」を出したのは先ほどまでと同じ。しかしその後、彼は自ら「虚空」の中に入っていった。


「……は?」


 思考が追い付かない。彼が何をやったのか分かったのは、後方に控えるソフィアの方から不気味な音がした後だった。


「ッ! ソフィア、後ろだ!」


 彼女の後ろにぽっかりと空間の穴が空き、そこから瘦身の男が出てきた。

 背中を取られる形となったソフィア。肉切り包丁が彼女の柔肌を斬らんと襲い掛かる。

 

 ――しかしその瞬間、彼女は最高の騎士へと戻っていた。


「フレーゲル剣術――スピンスパイク」


 凄まじい反応速度だった。腰の捻りを活かして上体を半回転。手に生成した風の剣は、敵の刃に思いっきりぶつかった。

 遠くからでも感じ取れる衝撃が走り、瘦身の男が後ろに吹き飛ばされた。

 

 天才騎士ゴルドーの防御のため放った一撃は、普通の剣であれば真っ二つに斬ってしまいそうなほどの威力だった。

 奇襲を仕掛けたはずの瘦身の男はダメージを負ったらしく地面に膝をついている。

 

「クッ……」


 しかし、今のソフィアには一撃が限界だ。剣を振り終わった彼女はその場に倒れ込む。

 おそらく、しばらくまともに動けないだろう。

 

「なんだ、その女はダウンか? 凄まじい威力だったが一度きりとは使えないな」


 瘦身の男は立ち上がる。多少ダメージはあったらしいが、動きに澱みがない。

 戦闘に大した支障はないだろう。


「ちょっと寝てるだけだ。お姫様はか弱い生き物だからな。俺ひとりだけで十分だってよ」


 虚勢を張って剣を構える。その様子を無表情に見つめていた瘦身の男は、再び包丁を振った。

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