第10話犬耳の少女

「いってえ……」




 10メートル以上吹き飛ばされたはずだが、俺の体はわずかに痛みがあるだけで万全に動くようだった。


 転生特典さまさま、と言ったところか。




 崩壊した『宵闇の蝙蝠』の拠点から、俺を吹き飛ばした女の子が出てくる。爛々と輝く彼女の瞳が俺をまっすぐに捉えている。


  


「アッハハ。思った通り。頑丈で強そう。ねえ、僕はシュカっていうんだ。君は?」




 僕、と自称した少女は俺に明るい口調で問いかけた。先ほど俺を殴り飛ばしたことなど忘れてしまったような様子だ。


 


「キョウって呼んでくれ。なあ君、俺のハーレムメンバーにならないか?」


「はー、れむ? 何それ、美味しいの?」


「ああ、極上だよ。食べたことはないけどな」


 


 何を言っているんだろう、とキョトンとした顔でこちらを見るシュカ。そんな顔も可愛らしい。


 


「時間をあげるから、その腰の強そうな剣を抜いてよ。それでようやく僕と対等だからさ」




 彼女の引き締まった体は、とても俺を殴り飛ばしたとは思えないほどに華奢だ。上半身には胸当てを巻いているだけ。大きめの胸が激しく自己主張している。


 しかし、彼女を倒せるビジョンだけは全く浮かばなかった。




「すまんが腰のコイツは抜けないんだ。伝家の宝刀ってやつでな。然るべき時にしか抜けなくなってる」




 傲慢の魔剣は相変わらず鞘から全く抜けない。




「へえ、本気を出させろってこと? ――面白いね」




 その瞬間、少女の姿が搔き消えた。


 次に俺が少女の姿を捉えられた時には、足元に身をかがめた影があった。




「『魔闘術――烈火 乱打』」




 はじめは、顎への掌底だった。衝撃に脳味噌が揺さぶられて視界がチカチカと光る。


 次に腹部へのキック。体がくの字に折れる。痛みに思考が停止する。


 隙だからけの俺の体に、少女は思いっきり振りかぶった拳を俺の顔面にぶつけた。




「ッ……このっ!」




 命の危機を感じた俺は、躊躇いを捨てて剣を振り反撃した。


 我ながらキレのある一撃だったと思う。しかし少女は、俺の剣筋に腕を合わせると、しなやかに受け流してしまった。




「刃物でも切れないとかお前の腕は鋼鉄か!?」


「魔力を纏ってるに決まってるでしょ。魔闘術を知らないの?」




 魔力を纏う……。


 そう言えば聞いたな。魔力は使い方次第で身体能力の向上などに利用できる。体の硬化も、その使い方の一種だろう。彼女の拳の尋常ではない硬さも頷ける。




「けど、さすがにリーチは俺の方が有利だろ!」




 今度はこちらから。目で追えない動きをされる前に攻撃を仕掛ける。スキル『剣術 B』は半ば自動的に攻撃を開始する。




「『フレーゲル剣術 初伝 ワイドカット』!」


「ハハッ。威力はあるけど、そんな技飽きるほど見たよ!」


 


 言葉の通り、少女は俺の技を完全に見切っているようだった。しなやかに体を後ろに倒して、横なぎの一撃を回避する。




「魔闘術――流水」




 滑らかに、まるで岩を避けて流れる川の水のように俺の攻撃を避けたシュカは、左足を俺の顔まで一気に蹴り上げた。




「グッ……」




 先ほども食らった顎への一撃。脳に衝撃が走り、意識が定まらなくなる。




「魔闘術――烈火、釘付けの刑」




 大きく拳を振りかぶったシュカが、俺の足を踏んづける。その勢いのままに、彼女は拳を俺の鳩尾に突き立てた。


 吹き飛んで衝撃を逃がすことさえ許されずに、俺はその場に勢いよく倒れ込んだ。


 後頭部に激しい痛みがある。体が動かない。




 今まで連撃を受けてもピンピンしていた俺の体だったが、今の一撃は堪えたようだった。


 


「……!」


「あれ? もうおしまい?」




 シュカが無垢な目を向けてくる。人を傷つけた直後とは思えないほどに澄んだ瞳だ。




「――キョウから離れろ!」




 俺が動けないでいると、遠くからヒビキの声がした。電撃が地を走り、シュカへと襲い掛かる。


 拳では弾けない電気による攻撃がシュカに直撃する。


 効いたか、と思ったが、しかしシュカはその攻撃を受けてもまったくダメージを受けた様子がなかった。




「へえ、結構な威力だね。――面白そう」




 シュカがヒビキへと駆け出す。ヒビキは彼女の接近を拒絶するために、水の魔法を飛ばしていた。


 身を低くして走るシュカは、ヒビキの放つ水刃を次々と避けていった。


 遠くから見ると改めて分かる。シュカは異常に体が柔らかい。その特徴こそが、彼女の防御能力を高めているのだ。


 


 地面スレスレまで上体を倒しての回避。バネでもついているかのように跳躍して足元に飛んできた水刃を回避。真っ正面に飛んできた水刃は、その場で回転した勢いを利用して腕で弾いた。


 やがて、二人の距離がゼロに近づく。


 


「ッ!『土壁……』」


「遅い!」




 最後にさらに加速したシュカが、一瞬でヒビキの懐に入り込む。




「ま、まて――」




 自分の喉から声が漏れる。


 シュカの体がブレると、ヒビキの体があっさりと吹き飛ばされた。




「ッ……」




 ヒビキの傷つく姿を見て、俺の胸のうちから新しい感情が浮かんできたのが分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る