第十話:過去との邂逅



              ※※ 10 ※※



 ここは後方作戦本部長室。

 アンティークに施された内装と、ふかふかの赤い絨毯じゅうたんに重々しさを感じながら、あたしは室内へと入る。本部長デスクの隣のソファーには、外周方面軍司令官クルスヤマ大将閣下と、もうひとりキャリアウーマンっぽい女性が座っていた。


「トウノ少尉、出頭しました」


 ビシッとかかとを鳴らして敬礼をする。後方作戦本部長である、ナガス大将閣下は大きくうなずいた。


「うむ、楽にしてくれ給え。まずはこちらのご両人を紹介しよう。少尉はこちらの方は存じてるだろうが、外周方面軍司令官クルスヤマ提督だ」


 そう紹介された、クルスヤマ閣下は、あたしを一瞥した後、重たい口を開いた。


「私がクルスヤマだ。少尉については情報部より聞いておる。かなり優秀らしいな。特に今回の見事な撤退作戦は軍上層部での評価も高く中尉に昇進を決定し、さらに主上おかみのおぼえもめでたく、異例の勲四等瑞穂章を下賜かしなされた。今後も国のため、より貢献してもらいたい」


 クルスヤマ閣下は、あたしに階級章の入った桐箱と、菊花の御紋入りの漆箱を手渡した。


「わたしも中尉には期待しておる。それからもう一人、こちらの方はイリア・エゼリン女史で現在、宇宙生態学の研究をなされてる」


 本部長閣下の紹介に併せて、女史は赤茶けた、少し癖毛のある髪をらしながら微笑ほほえみ、あたしに手を差し伸べる。あわてて、かさばる二つの箱をわきかかえ込み、彼女の細く白い指に、あたしの指を重ねた。


「あら、可愛い手だこと。わたくしも『RS-7宙域ポイントの英雄』にお会いできて光栄ですわ、トウノ中尉。ふふふ……。こうしてみると雰囲気がお父上によく似ていて懐かしくなりますわね」

「え、小官の父をご存じなんですか?」

「トウノ博士とはグリューン・エルデの研究所で進めてた、あるプロジェクトで同じチームだったの。もっとも博士の専門は宇宙考古学なので、あまりお話しする機会を得られなかったけどね」


 イリアさんは神妙に語る。


「その後、博士はやはり……」


 あたしは、ゆっくりとイリアさんに絡めた手を降ろす。


「……父はグリューン・エルデが陥落した時、死んだと聞いてます」

「ごめんなさいね……」


 イリアさんのワインパープルの瞳が申し訳なさそうに悲しく光彩を放つ。それに対しあたしは少し大袈裟おおげさに明るく振る舞った。


「いえ、いいんです。それに父は気難しい性格のせいか、あまり知人がいなかったので、そう懐かしがって頂くと嬉しく思います」

「中尉はお強いのね」


 イリアさんの顔に安堵の笑みがれた。


「さて」


 一通り紹介を済ませた後方作戦本部長である、ナガス本部長閣下は本来の目的を果たすために、あたしに辞令書を手渡す。そして、端末を操作して壁面の大型ディスプレーに投影させた。


「これが現在、我が軍と敵軍の勢力図だ。もっとも敵の内情にくわしくない我らにとって何処まで有益なのか皆目見当もつかないが……」


 本部長の端末操作により大型ディスプレーの表示が太陽系を中心とした銀河系外縁部へと変わる。さらにその中のシリウス星系がズームアップされ、第三惑星の衛星であるグリューン・エルデが画面に表示された。


「ここに要塞を建設してるようだが実に巧妙だ。護衛艦隊の配置に付け入る隙がない」


 さらに銀河系射手腕の切れ目から銀河系外縁部、つまりペルセウス腕にかけての星図が表示された。

 

「あと、敵の大輸送船団らしき集団がグリューン・エルデに向かってる情報も入手しておる。これに基づいて新たなる作戦が立案された」


 ナガス閣下の言葉を受けてクルスヤマ提督が口を開いた。


「中尉。敵輸送船団の殲滅せんめつはかるべく、外周方面軍第九独立分遣艦隊である、艦隊司令官副官兼艦隊情報参謀の転属を命ずる」

つつんで拝命します」


 あたしは、おごそかな気持ちで敬礼した。


「それと……もう一つ極秘任務があるのだが……」


 急にナガス本部長閣下が落ち着きを失う。視線をあたしから外し、言葉を確かめるように言う。


「たしか、中尉は大学で宇宙考古学を専攻していたとか……。で、古代ソティス文明が専門だったとか」

「……はあ、父が提唱した学問でしたし、それに小官も幼少より父の助手じみたこともしていて興味もありましたから。それが何か?」


 古代ソティス文明。あたしはそれを聞いたとき、古傷にふれられたような、何とも言えぬ嫌悪感を覚えた。しかし、ナガス本部長閣下は、そんなあたしなんかお構いなしに説明を続ける。


「うむ。ウォルク星系五番惑星の基地建設現場から、遺跡らしきものが出てきたらしい。どうやらそれはかつてグリューンエルデから出土された遺跡に酷似してるらしい。そこで非公式に軍からは中尉を、民間からはエゼリン博士を調査員として派遣することになったのだ。やってくれるな?」

「しかし……、小官は宇宙軍に入って以来、研究は断念してますし……」


 真っぐに、あたしを見る、本部長の視線が痛い。少しばかりたじろいだ。


(確かにお父さんはグリューンエルデで古代ソティス文明を研究してた。でも……)


 かつてのいまわまわしき思い出が、あたしの脳裏によみがってきた。

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