第五話『死体博物館にようこそ』(前編)【閲覧注意】
*ご遺体関連の不快な表現が出てきます。苦手な方は当エピソード(前後編とも)をスキップしてください
知らなければ良かったこともある。新聞スタンドが怖いなどと言ったら、話し相手は唖然とするに違いない。過去形ではあるが、実際に怖かったのだ。雑貨屋の前を通る度に頭を
店先には新聞や雑誌が並べられたラックがある。問題は一部の雑誌、死体専門誌だ。なんでそんな悪趣味なものが普通に流通しているのか、安宿の長期旅行者は誰も理由を知らない。ただし、国民的な人気を誇っていることは確実で、どこの雑貨屋のスタンドにも置いてある。
「こんなの置いとくなよ。飯が不味くなる」
南京飯店で新顔の旅行者が悲鳴をあげた。誰かがわざと死体専門誌をテーブルの上に置いたのだ。洗礼ってやつである。俺も来た当初、この店で見開きのカラーグラビアを目にしてしまった。
「有名な死体雑誌が二種類あって競争してるんだよ」
角刈りの軍曹が無駄な知識を
この死体専門誌が、雑貨屋の軒先やブックスタンドに置かれていて、視界に入ってくる。外国人にとって地元紙や雑誌は無縁の長物で、存在を知らなければ、気付くこともないだろう。しかし、一度気になると、否が応でも目に飛び込んでくる。存在感は抜群なのだ。
「お土産に買う外国人も多いらしい」
本当だろうか。こんなものを友人に渡したら絶交確実だろうし、旅行鞄に詰め込むのさえ気が引ける。持っているだけで災いを呼ぶ呪いのアイテムに近い。
どんな読者層が人気を支えているのか…色っぽい写真もあることから男性向けだと想像していたが、そうでもない。アクセサリー屋の女性の売り子が座って読んでいるのを見掛けたことがある。また安宿の住人によれば、金融街周辺でエリートっぽいOLが購入していたという。
「この写真って、読者の投稿なのかな?」
俺は疑問をぶつけてみた。死体雑誌が週刊か月刊か不明だが複数存在し、いずれも写真を豊富に掲載している。出元がどこのなのか気にせずにはいられない。道路の反対側や歩道橋から撮影した写真ではないのだ。中には、遺体に覆い被さる格好で接写した迫真のショットもある。しかも携帯カメラで捉えたピンボケ写真などではなく、無駄に解像度が高いから始末に困る。
「殺人事件の現場なんかは地元の新聞社かもな。同じ写真が新聞に出てることもあったし」
軍曹は死体写真の映像版をテレビで見たこともあるという。安宿オンリーの俺は視聴する機会がなかったが、この国では各テレビ局のニュースにも死体がモザイクなしで出てくるらしい。家族団欒の時間、お茶の間に飛び込んでくる血塗れの人体パーツや焼死体…
競うように各局がトップ項目で伝えているということは、クレームが一切来ないどころか好評で、視聴率が稼げたりするのか。文字通りのキラーアイテム、などと言っている場合ではない。倫理的に問題がないはずもなく、必ずや児童の情操に悪い影響を与える。同時に、この国の人々は幼少期からテレビのニュースを見て、訓練されているということか。
「専門で死体写真を撮っているグループもある」
軍曹の情報は半分程度、事実だった。死体写真を提供する慈善団体が存在するのだ。救急車よりも早く事故現場にバイクで駆け付けるレスキュー隊である。チャイナ・タウンの東端に、その慈善団体の本部があり、その前を通りがかった際、壁新聞のように写真が飾られているのを見た。
レスキュー隊の活躍を伝える写真だが、その中には流血した人や完全に手遅れな雰囲気の負傷者も写り込んでいた。雑誌よりは軽めだが、それなりにグロテスクだ。足を止めて壁新聞を眺める地元民の中には女子中学生の集団もいて、俺は軽いカルチャーショックを受けた。
「レスキュー隊は悪い噂も絶えないんだがね」
真っ先に事故現場に到着した隊員が犠牲者から腕時計や金品を盗むのだという。出所不明の噂に過ぎない。あったとしても一部で、昔の話だろう。
この国の首都はどこも渋滞が激しく救急車が速やかに到着するのは難しい。その中で、バイクに怪我人を乗せて病院に運ぶ手法は現実的だ。救われた命も多いのではないか。実際に慈善団体は尊敬を集めている。
遺体を写真撮影して雑誌に売るのはモラル的にどうかと思うが、ビジネスとして成り立っている以上、人権云々を振り翳して外国人が気軽に論評する筋合いのものではなさそうだ。
根底には死生観に直結する別の要素があるような気がしてならない。
(後編【閲覧注意】に続きます)
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