謎解き宮女は恋をひもとく

こしあん

前日譚 『瑞雲国の伝承』

誰も足を踏み入れることのない、深い谷の、更にそのまた奥。


世に忘れ去られた里に、戦で深手を負ったひとりの男が迷い込んだ。

山から湧き出る甘露のしずくが集まる泉のほとりで、男は美しい娘に出会った。


ふたりは花の下で、契りを結んだ。


やがて傷の癒えた男は娘に必ず戻ると告げ、ひとり山を下りた。

男は再び戦場に向かい、やがて数万の軍を率いる将となった。無敗の将軍となった彼は、周辺国を圧倒的な武力で次々と統一していった。

ついに中原の覇者となった男は瑞雲国を建国し、初代皇帝の座に就いた。


権力を一手に収めた男は全国から財宝、美女や珍獣を集め、この世の極楽をうたわれるほどの贅沢な暮らしを楽しんだ。


ある満月の夜。


男は宮殿の池のほとりで腰掛け、月を見ながらひとり杯を傾けていた。

ふと顔をあげると、池の奥の満開の桃の樹の下にひとりの娘が立っていた。

娘の美しさ惹かれ、男は抱き寄せようと手を伸ばした。

それを見た娘は悲し気に微笑むと、樹木に溶け込むように消えてしまった。


気づいた時、男は樹によじ登り、一心不乱で桃の花を貪っていた。

男はそれ以来、何を食べても味を感じることなく、腹が満たされることも無くなった。

唯一、花だけが彼の胃を満たす食物となった。


それゆえ、この国の皇帝は『花帝』と呼ばれるようになった。


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