異世界筋肉の育てかた
明里 和樹
異世界筋肉の鍛えかた
どうも! 多少の魔法は使えるものの、特別なチートも無ければ前世の記憶も無かった転生者、デリシャといいます! あ、でも現代の知識はわりとあったりもします。そんな栗色の髪の三編みお下げと飴色の瞳した、元気いっぱいの八歳児です!(挨拶) 家は『
これはそんなわたしの、ある日のできごと。
カコーン!
カコーン!
カコーン!
わたしの見ている前で、手頃な大きさの短めの丸太が、小気味よい音を立て、次々と真っ二つになっていきます。
「ふっ」
カコーン!
「ふっ」
カコーン!
わたしの視界に映るその人が、上から下へと腕を振るう度、スパッ、という音でも聞こえてくるかのように、丸太が綺麗に割れ、次々と半分になった丸太の山ができあがっていきます。
「……なあ、見てて楽しいか……?」
「え……? ……うーん、どうだろう……? 楽し……くは、ないかも?」
「えぇ……」
数え切れないほど繰り返してきたことが窺える、無駄のないスムーズな動作で手斧を振るって薪割りをしている焦げ茶色の髪と目をした男性が、わたしその正直な返答に「解せぬ」みたいな顔をしてそうつぶやきました。
わたしと気安い会話をするこの人は、何を隠そう、ここ『宿里木亭』の料理長である、わたしのお父さんなのです! ……まあ、お父さんではあるのですが、現代よりも結婚が早く、かつ魔力持ちは老化が遅いということもあり、見た目だけなら二十代の青年……下手すると大学生くらいのお兄さんにしか見えませんけど。現代だったら歳の離れた兄妹に見られるかもしれません。
「まあ、わたしのことは気にしなくていいから、続けて続けて」
「あ、あぁ……」
わたしがそう言うと、お父さんはまた作業に戻りました。
しっかりと斧を握ると、ノースリーブのシャツから覗く腕の筋肉がムキッ、と盛り上がり、その料理人には不釣り合いな体幹のしっかりとした身体が、ちゃんと鍛えられたものだということがわかります。
お父さんは若い頃、冒険者として剣を握り、世界を旅していたそうです。……いや、今も若いですけど。
そう言われれば確かに納得の肉体…………いや、細くないです? 前に「現役時代より衰えた」とは言ってましたが、それを加味しても全体的に細い気がします。
お父さんはアニメや漫画で見るようないかにも冒険者! といったムキムキな、プロレスラーみたいな筋肉モリモリではなく、プロボクサーのような、細いながらもしっかりとした、いわゆる細マッチョな体型をしています。
現代のボクシング選手のように、徹底したトレーニングと食事制限によって鍛え上げらえた無駄の無い肉体、というならわかりますが、お父さんの身体はほぼ毎日のように薪割りをしているわりには、腕とか背筋とかが細い気がします。別に食事制限している訳でもないですし。
この世界もご多分に漏れず、ファンタジーではありがちな、お父さんやわたしのような魔力持ちは、普通の人と比べて老化が遅いそうなのです。ただ、老化が遅い=成長が遅い、というならわかるのですが、どうやら単純にそういうわけでもなさそうなのですよね。
……ふーむ……ということは……。
「……ねえ、お父さん」
「うん?」
「身体、もっと鍛えたい……?」
「ん……そりゃあまあ、鍛えられるなら鍛えたいが」
「ん……わかった。薪割りがんばってね」
「ん、ああ……」
そう言ってわたしは、その場を後にして、ある場所へと向かいました。
「ふぅ……」
「あ、お疲れさまー」
わたしが調理場で作業をしていると、お父さんが戻ってきました。水浴びでもしたのか、髪の毛もシャツもずぶ濡れです。
「ちょっと待って。《
わたしが連続で魔法を唱えると、魔力の光がお父さんを包み込み、全身を綺麗にしてから、髪も服も乾かします。
「悪いな」
「簡単な魔法だけどねー。それよりも……はいこれ。食べて?」
わたしはたった今作業していた、白くてツヤツヤした“ソレ”を、お父さんに差し出しました。
「…………なんで?」
「ん? ゆでたまごだけど」
わたしの手にある楕円状の球体──ゆでたまご。
「それはわかるが、なんで今?」
「運動したあとに食べると、筋肉にいいらしいよ?」
そう、筋肉に負荷を掛けているにも関わらず、変わらず細身のお父さんに足りていないのは栄養──そうわたしは、仮説を立てました。現代とこの世界の大きな違いの一つは食事、特に栄養学です。
現代ならばプロテインとかサプリとか簡単に手に入りますが、このファンタジーな異世界にそんな便利なものはありません。なので筋肉の素になるタンパク質を手っ取り早く摂取できるもの──という理由からの“ゆでたまご”です。チーズでもいいんですけど最近はニワトリさんが元気なようで、玉子が余り気味なんですよね。
あと確かトレーニング後一時間以内くらいに食べるのがよかったはずです。
「ついでに味見もよろしくね」
茹ででお塩かけただけだけど。それでも料理人を目指すわたしには、これも修行の一環なので実はドキドキです。
「じゃあはい、わたしも食べるから、はい乾杯ー」
「えぇ……いや乾杯って」
わたしは自分の分のゆでたまごを手を持って、お父さんに向けて掲げます。特に意味はありません。なんとなくです。ノリです(自由人)。
「はい、かんぱ〜い♪」
「……乾杯」
なんだか「納得いかねぇ……」みたいな感じでしたが、渋々ゆでたまごで乾杯したお父さんとわたしは、一緒に、ゆでたまごを食べたのでした。
自分で言うのもなんですが、濃厚な黄身と淡白な白身にお塩のしょっぱさが合わさって、おいしかったです。お父さんからも「まあ、賄いなら……」と、一応の合格を貰えました。やりました!
これはそんな、のんびりとした、午後のひとときのお話。
異世界筋肉の育てかた 明里 和樹 @akenosato
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