第四章 ゴーレム

第17話


 チウネルは気を取り直して――、


「ねえ? あなた? どうしたいの? 成仏したいの? したくないの? ねえ、どっちなのよ?」

 ソファーの上で飛び跳ねてはしゃいでいるナザリベスに、真剣に尋ねます。

「――私はね、あなたに成仏してもらいたいよ。 ねえ~? もう、いいじゃない? もう、十分に楽しんだでしょ?」

 私が恥をかいたから、怒って本音を探ってとか、そんな仕返しじゃありません。

 この7歳の女の子の幽霊は、どうして成仏しようとしないのか?

 純粋に疑問を感じたからです。


「……うん」


 ナザリベスは小さな声を出してうなずきました。

 飛び跳ねていたのをめると、ソファーから降りて床にちょこんと座ります。

「ナザリベスちゃん? なんで、この家の女の子に乗り移っているの?」

 私は両手をグーにしてから、腰に当てて問います。


「……だって、あたしがこの女の子と、女の子のパパとママを呼び寄せたんだもん」

 ナザリベスはうつむむくと、乗り移っている理由を話しました。

「よ……、呼び寄せた?」

 え?

 幽霊って、そういうこともできるんだ……。

 驚愕の事実発見!

 憑依? それとも降霊?


 ああ……話がれてる。

「――どうして呼び寄せられたの?」

 私がナザリベスに聞こうとしたら、トケルンが――、

「ああ……音楽か。音楽ができる7歳の女の子。自分のパパと……そしてママのためか」

「そうだよ、お兄ちゃん!」

 俯いていた顔をグイっと上げます。

「お兄ちゃんって、本当に何でもわかっちゃうんだね~」

 口元を緩めてニコッと微笑みました。


「トケルン? ……それって、つまりナザリベスちゃんの未練ってこと?」

 スススっとかに歩きになって3歩……、彼の横に身体を寄せて尋ねるチウネルです。

「違うって、その逆だ……」

 そしたらトケルンは……、同じくスっと1歩、蟹歩きで私を避けてから教えてくれました。

(なんで避ける――)


「早く自分のことを忘れて、エルサスさんに元気を取り戻してもらおうと――。自分は幽霊だから、7年前の不幸なのだから――」

「それと……、ママにもだよ――」

 ナザリベスのママ……確か、10年前に離婚したってエルサスさんが言っていた。

「このままでは自分は成仏したくてもできないから――。自分の代わりが乗り移っている女の子っていうことだ」

「だから……、ナザリベスちゃんが呼び寄せた?」

 自分の代わりの女の子を山荘近くの近所に……呼び寄せた。

 恐らく容姿も表情も自分――ナザリベスの面影に近い女の子を。

「そんなことを……、考えていたんだ……」

 ……私は絶句してしまいました。

 それに、トケルン――、

 どうしてそこまで、わかっちゃってるの……って驚きました。


 幽霊である理由が、パパとママに自分のことを忘れてほしい――。

 未練――、7歳の未練。

 哀しすぎます。


 チウネルの目には少しずつ涙が滲んできました。

 その目でナザリベスを見つめます。

 すると――




       *




「……じゃあ! 最後の最後の謎々に正解してちょ~だい!! 最後の謎々は……とびっきりの謎々だよ~」

 リビング中央のテーブルを挟んで、向こう側にナザリベスが立ち構えます。

 両手をグッと高く上げて、

「じゃあ、いっくよ~」

 さっきまでの暗い表情を吹き飛ばすかのように、ナザリベスは明るく――、


「じゃじゃーん!!」


 陽気に大きな声を出しました。


 こちら側にいるのは当然、私達――トケルンとチウネルです。

 最後の最後の謎々……。

 とびきりの謎々。


 謎々――?


 私達、教授の恩師へのお使いで来ただけなのに……、どうして謎々対決しているのでしょう。


「じゃあ最後の最後のとびっきりの謎々! お兄ちゃんとお姉ちゃん、いっくよ~!」

 高く上げていた両手を広げるナザリベス。

 広げてから……、



「▽+△×▽+△×▽+△」


 全く意味不明な呪文を唱え始めたのでした。

 言葉に表すことも不可能なその呪文――、


 バチッ バチッ


 リビングの照明が突如……消えたりいたりを始めたのです。


 バチッ バチッ


「謎々、いっくよ~!」

 口元をニタ~っと緩めてから、すでに勝ちを確信しているかのような不敵な表情を、私達に見せつけるナザリベス。

 最後の最後の謎々を言い放つのでした――



【問題】


 魔女が粘土で、人形を作っているよ~

 怪物さんのお人形を、作っているよ~

 でも、何か一つ足りないような気がするな~

 そうだ、心が足りなかったんだ!

 これ、な~んだ?



「逃げろ……」

 チウネルの肩を突いてくるのは隣のトケルンです。

「え?」

「逃げるぞ……」

 私に小声で何度も伝えてきます。

「え? どゆこと??」

「逃げるんだって……」


「逃げるって?」

 謎々対決しているのに、どうして……逃げなきゃいけないのだろう?

 理解が追いつかないチウネルです。

 ……にもかかわらず、トケルンは言葉を続けます。

「――その前に、今から言うトランプカードを探して集めてくれ。いいな? 言うぞ!」


 ♠A ♠3 ♠5 ♠2 JK ♠8


「え? トケルン。どういうこと……」

 って、チウネルがトケルンに振り向いたら……。

 そしたら彼……もう私の隣から居なくなっていました。


 キョロキョロと……。


 何処どこに行ったのかなって……部屋中を見渡します。

「あっ! トケルンがいた……」

 思わず指を差して、声を発してしまったのです。

 彼――、

 リビングから2階へと続く階段を、駆け上がっている最中さいちゅうです。


「……」

 逃げてる……トケルンが。

 トケルンが逃げてる。

 逃げてる?



「……って!」


 ――要するに、あいつ私に「逃げろ……」って言っておきながら、あいつが先に逃げたんですよ!

 もう一度、トケルンが先に逃げたんですよ!!!

(あの野郎……。ほんまにドツイタロカ!)


 私――チウネル、このときばかりは本気で彼を軽蔑しました。

 ……そう、ぷんすかと怒っていたら。





 続く


 この物語は、リメイクでありフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る