あの日、置いてきた恋心を。

冥沈導

前編

「……最寄りのバス停が、歩いて二時間ってさ、最寄りって言わないよね」


 くたびれたスーツを着た黒いボブヘアな女は、キャリーケースを引きながら、実家へ向かっていた。


 彼女の周りは畑ばかり、人気ひとけはなく、いるのは農家の老人ばかり。


「迷子にっなるー!」


 彼女は天を仰ぎ叫んだ。

 人の多さに疲れ、帰ってきた。とはいうもの、人が少なすぎた。久しぶりの故郷、人間関係に疲れた彼女は、実家への道を忘れかけていた。すると。


「ん?」


 後ろからゆっくり近づくエンジン音。彼女が振り返るのと同時に、軽トラックは隣で止まった。助手席側の窓が開く。


涼太りょうた……」


 運転していたのは彼女の幼馴染の、品川しながわ涼太りょうただった。


「乗れ」


 涼太は手を伸ばし、助手席のドアを開けた。


「……迎えに来てなんて頼んでないけどー」


「おばさんに頼まれた」


「お母さんめ……」


 母親のおせっかいと、久しぶりに会った幼馴染。色々気まずく彼女がモジモジしていると。


「え……?」


 涼太はシートベルトを外し、ドアを開けずんずんと歩いてきて、彼女のキャリーバッグを片手で軽々持ち上げ、軽トラックの荷台に放り込んだ。

 そして。


「え? うわっ!」


 彼女も軽々持ち上げると、助手席に乗せシートベルトを締めた。そして、周って歩き運転席に座りシートベルトを締め、軽トラックを発進させた。


「えぇー!?」



 ◯◯◯



「……」


 女は隣の運転手を見つめた。


 幼馴染で、初恋の相手で、元彼の横顔を。


 涼太は昔から身長が高く、ガタイもよく、目つきも悪かった。それ故、友達も少なかった。

 そんな中、幼馴染の明野あけのあかりは涼太の傍にいて、何故かいつも偉そうに「かおがこわくてもいいの! だれももらってくれなかったら! わたしがもらってあげるから!」と言っていた。

 周りは「はいはい」と、真面目に受け止めていなかったが、涼太はいつもその言葉に嬉しそうだった。


 そんな二人が付き合ったのは、高校一年生の時だった。

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