第35話 それぞれの思い

雨宮 優


時間は経って、歳月が流れる。

と言っても三ヶ月。


いわゆる、体育祭の時期。

生徒達は青春を作り出して、特に3年生は気合十分。

俺たち2年はまぁ、ぼちぼち。


今日は昼から体育祭の練習があり、午後の授業はなかった。

現在、ホームルーム中。先生の連絡事項を聞き流し、俺は睡魔と格闘する。

多分、大抵のヤツがそういう状況だ。


──アンタの好きなモノって何?


俺は黒咲にそう聞かれて以来、この言葉が喉元にひっかかっていた。

今日までずっと答えを出そうと努力はしていた。

それでもなお、現在に至るまで解なし。


ゲームだとか、漫画だとか。

思い浮かぶ物はあっても、心にストンと落ち着かない。

それは好きじゃないってことだ。


故に、依然解なし。


でも十蔵さんは『答えに向かう意志が必要です』と言っていた。

俺は諦めの悪い性格らしい。今日も今日とて、難題と向き合う。




木之下 四葉


体育祭の練習が終わり、みんなが教室に集まる。あとは解散するだけ。

窓の外を見るとオレンジ色。私はこの色が好きだ。


おにぎりも好き。漫画も好き。

絵を描くことも好きだし、走ることも好き。

アニメ部でみんなと話すのも好き。

『好き』を指折り数える、この時間も好き。


でもやっぱり、他人の『好き』は分からない。


体育祭前だからか、男女が話す姿をよく見かける。

それでなんとなく、そういう雰囲気を纏う人達も見かける。

2人とも笑顔で、心を許している。安心しきっている。開いている。


するとその2人を、誰かが冷やかす。


「もう両思いじゃん!」

「ははっ! 2人とも付き合っちゃえよー!」


その言葉を聞いた2人も、満更でない様子。

どうやら2人は、『両思い』なんだそうです。


なんで?


『好き』って、一方通行じゃないの?


私は『何か』が好きで、その『何か』は私を好きじゃない。

おにぎりも、漫画も、絵も。私のことなんか好きじゃない。


涼音みたいに明るい子なら、好きになってもらえるのかも。

現にそうだ。私が元に戻る前は、モテていたらしい。

あの子はきっと、心から可愛いのだ。


私にとって、『好き』は一方通行。

それはずっと変わらない。


だからアイツにも言わない。


この感情は、私だけのもの。

ずっと、ずっと、ずっと……。心の中で蓋をする。

『好き』は一方通行。一方通行。一方通行。




九条 涼音


お腹すいた……。

今日のお昼、食べ損ねちゃった。

まいっか。今日の帰り、優くんに奢ってもらえば。

ご飯食べるついでにデート……我ながら完璧な作戦。


「ふへへ」


おっと危ない。つい顔に出ちゃいました。

まぁホームルーム中だし? 多少はバレないバレない。

あー、お腹すいたー。




海野 葵


目が覚めたら、もうみんな帰っていた。


「あちゃー、寝過ごした……」


窓の外を見ると、夕日が傾いていた。

時計を見ると5時を指している。1時間くらい寝たのかな?


「もう、誰か起こしてくれてもいいじゃん」


なーんてぶつくさ言い、荷物をバッグに詰めた。

ヨイショっと持ち上げる。ずっしり、重い。


アマミーに「体育祭が終われば、すぐに期末だからな。

      今くらいからコツコツやっとけよ」


なんて言われたからね。

今日は週末だから、沢山家で勉強しようってわけです。

アマミーに教えてもらいながら、ね。


「賢い、ウチ賢いよー!」


アマミーとオフ会して以来、自信がついてきた。

特に自分に対して。やっぱり、アマミーはすごい人だ。

だからウチも、アマミーと釣り合う女の子になりたい。


そのために勉強、美容、コミュニケーション!

毎日少しずつ可愛くなって、体育祭の日、心に決めた。

この気持ちをぶつけよう。アマミーに。


それでダメだったら、もっと頑張ってぶつける。

諦めないよ。絶対に。

初めて、本気で好きになった人だから。

四葉ちゃん、涼音ちゃん、明日香ちゃん。みんな可愛い。

……負けない。




黒咲 明日香


腕時計に目を落とす。

5時を指していた。アニメ部の部室には私1人。

イライラ……。


「っもう、アイツら何してんの!?」


流石に遅い。かれこれ1時間は待っている。

ラーインで連絡もした。既読はつかない。

校舎の隅っこにある部室は当然、静けさに包まれている。


ならばとにかく、探しに行こう。

1人くらいはまだ残っているはずだ。


「忘れた、なんて言わせないから……。特にアイツは」


アイツの顔を浮かべる。

私はこの時に芽生える感情を、怒りと呼んでいる。


部室から出て、廊下を少し歩いた所。

ここから渡り廊下に差し掛かる。通常通り通り抜けようとした。


その瞬間。


ふと、視界の隅に人影が映った。

男女の人影。校舎裏の、人目につかない場所に2人。

秘密の話をするには絶好のロケーション。


多分、私くらいしか目撃者はいない。


それだけならよかった。別に。

問題は人物。……アイツだ。


「……まさか、ね」


自然と、声が震えた。

相手の女顔は見えない。私に背を向けているからだ。

それが無性に腹立たしかった。


上靴の色で、同い年であることが分かる。

唯一の情報から、色々と思考を巡らせる。


探し物? たまたま会っただけ? 


……告白?


そんなわけない。


しかしながら、見えたくない物ほど見えてしまう。

女は後ろで手を組んでいる。まるで、何かを隠しているように。

私から丸見えだけど。


それはハチマキだった。


この学校には、『体育祭の日、ハチマキを交換した男女は結ばれる』

なんて噂がある。


汗の染みたハチマキを交換して何になるのかと、当時の私は失笑していた。

今は違う。その噂は本当なのだと、確信している。


2人の背中を眺める。

そんな私が、とてつもなく惨めに感じた。


時刻は5時を少し過ぎたあたり。

夕日が一日を終わらせる。

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