第22話 残り少ない

冷たい檻の中、唯一の扉に手をかける。

少し力を入れる。

扉は抵抗せず、横にスライドした。


ゴンッ!


「アイタッ!」


牢屋から外に出たちょうど、後頭部を硬いもので小突かれた。

意識はあるので、高威力ではない。

が、四葉を見ても、何かを投げた様子は見られないので不思議だった。


「……優くん、もしかして協力者がいるの? それ、スマホだよね?」

「……は? いや──」


四葉が指差した地面を見るため振り返る。

そこには白いスマホが1台落ちていた。

俺のものではない、どうやら牢屋の小さな窓から投げ込まれたらしい。


コツン


すると、今度はイヤホンが投げ込まれる。

ワイヤレスのイヤホン。1つは四葉の膝に。

もうひとつは俺の頭に当たって、近くの地面に転がっている。


四葉はゆっくりとイヤホンを耳にはめた。


「……四葉さん?」


四季折々、と言うかの如く。

怒り顔から、悲しそうな顔、最後は表情をなくした四葉。

フルフルと震える唇を小さく動かして……


「……嘘つき」


とだけ言い放つ。

その直後、四葉は懐からスマホを取り出す。

タッタッと親指を軽快に動かして、スマホを耳元に当てる。


「雫先輩、侵入者です。はい、優くんの檻の外に、ネズミが一匹います」


「マジで、なにが聞こえてたんだよ……」


思い当たる節もないのでお手上げだ。

だから、俺もイヤホンを耳にはめる。


「──まみや? 雨宮? 返事くらいして!」

「あのー、すみません。どちら様でしょうか?」

「──よし、聞こえてる。 

あぁ、自己紹介……えーっと、私! 私!」


知らない女の子の声。オレオレ詐欺か?

でも、俺のことを『雨宮』と呼ぶ人物は知っている。


「……もしかしてお前、四葉──」

「──涼音!」


あぁ、知らない人だ。

いやでも、四葉の入れ替わり先という話があって、入れ替わってるから涼音って人になってて……。

うー、ムズカシイ。


「──雨宮を助けに……ってきゃあ! はなしてっ!」


窓の外、騒がしい。

どうやらストーカーは無事捕まったようで。

アイツだよな、俺の家に盗聴器とか置いてやがったの。


あぁ、それでも四葉と会わせないといけないのか。

たしかあと1日でって話しだったような……。


「なぁ、よつ……四葉!?」


四葉がいない。俺を残して逃走。

すぐに見つけないと、俺の魂無くなっちゃうんすけど。


「あれ? でも四葉と入れ替わり先の子とを会わせても、

俺の魂って帰ってこなくね?」


──それは心配しないで!


あっ、堕天使さんだ。


「あの、なにか救済措置でもあるんですか?」


──うん。


──キミが2人を会わせた時、魂1年分をプレゼントする予定だから。


「それって、今もらえたりしません?」


時間に追われるよりも、ゆっくりとしたいお年頃。

前借りができると都合が良いんですが。


──ダメ! 天使には良いことをした時に発生する、天使パワーが必要なの!


「でも、あなた堕天使じゃないっすか! 天使パワー関係ないでしょ?」


ぶわぁん、目の前にホログラムみたいな感じで堕天使が現れる。

頭に黒い輪っか、大きな胸、天界の服は露出が多い。


──……キミの前でくらい、天使でいさせて?


からの上目遣い。

クルリとした大きな瞳、涙袋に浮かぶ露、あざとい。

あざといけど、めっっちゃ可愛い。


「了解っす。天使パワーのために頑張るっす」


俺がビシッと敬礼をしたら、天使は笑顔になって消える。

すると、突然静寂に包まれる。


シン、と静まる長い廊下、床は冷たいコンクリート、両側には複数の独房、突き当たりにドアが見える。

俺はなにも考えず、とりあえずドアの方へと走った。


ドアやら、なんやら、闇雲に薄暗い施設を駆け回る。

全体的にコンクリートで造られたこの施設、刑務所と言うには古い建物。

だが、ところどころに見受けられる独房はやはり刑務所。

なんというか、掴みどころのない建造物だ。


「ったく、黒服には捕まったらダメなのかよ」


施設の古びたトイレ、乱雑な息を整える。

俺は今、追われている側なのか、追っている側なのか分からない。

形としては脱走者、がしかし、四葉と涼音?を見つけないと死ぬ。


とりあえずはトイレの個室、そこで作戦を練ろう。


キィィ……


ちなみに、男子トイレの個室。

だから女の子が着替えてるとかいう状況、あるわけがない。

でも現実はそう、女の子が着替えている。


「……すんません」

「待って!」


バタンッ!


神に誓おう! 俺は外に出ようとした!

だが、女の子の方が俺を個室に引っ張ってきた。


は? なんで? てか誰?


頭の中はめちゃくちゃ。

年齢は多分一緒くらい、白の下着を上下で着用している。

彼女が手に持っているのはスーツ、雫先輩のヤツと同じような紺色。

彼女は顔を真っ赤に染めながらも、俺の目の前で着替え終えた。


「勘違いしないで、私は追われてたから個室に入れただけ。別に、普段からこういうことをしてるとかじゃないから」


髪は綺麗な白色、腰のあたりまで伸びていて、サラサラ。

俺の胸くらいまでの身長、普通くらいの胸。

ぱっと見ではクール系。俺の好みどストライク。


「あの、もしかしてキミが電話の子?」

「あぁ、そうだけど……雨宮は察しがいいね」

「まぁ、声が似てたから」


この子が四葉の入れ替わり先。

そう言われると、たしかに懐かしい感じがする。

昔の四葉はこんな感じで、クール系ポンコツだったな。


「そのズボン、裏表逆じゃね?」

「なあっ……」


顔を真っ赤にしながらの着替えを終えたのち、俺と涼音はトイレから外に出る。

周りを見渡してもだれ1人いない。


「にしても、なんで服だけ着替えたんだ?」


涼音は今、スーツを着ている。

でもわざわざ着替える必要なんてないように見える。


「ヤツらの目を欺くため……。これでヤツら、私を仲間だと思うでしょ?」


ふふん、と得意げな涼音。

かなりおめでたな奴だ、そんなんに騙されるほど、敵は馬鹿じゃない。


「まぁ、見つかんないようにな」

「確かに、見つからないに越したことはないわね」

「そゆことじゃねぇよ」


そんなこんなで施設を徘徊および、スニーキング。

でも、やはり四葉は見つからない。


階段を使えるはずがないので一階のみを探索していたが、

何らかの方法で上の階に行ったのだろうか。


俺と涼音は階段前にて休憩をしていた。

埃被った踊り場。


「このままじゃあ、俺死んじゃうよ……」


刻一刻と、命が削られている感覚。

明確に体調不良というわけではないが、明らかに命がすり減っている。

そう、この涼音と出会ってから。


「たしか……俺アレルギーだったよね?」

「あー、今はそうじゃねーな。俺、魂が漏れ出てるらしい」

「魂? なにそれ、本気で言ってるの?」

「……天使がそう言ってたからな」


客観的に見ると俺、めちゃやばい奴じゃないすか?

天使とか魂とか普通の人じゃなくね?


いやーでも、そう言うしかない。残念。

信じてもらえるかどうかは別。


「……雨宮、変わったね。私の知らないことばっか言ってる」

「そうか? 俺、変わった?」

「うん、変わってる。

私を見る目、ちょっとエッチだし。昔はそうじゃなかった」

「そりゃあ……思春期だからだ。俺は悪くないからな」


結局、どいつもこいつも変わります。

時の流れって悲しいな。

本当に不可逆的だ。俺の手じゃあどうすることもできない。


「でも涼音、お前も変わってるよ」

「私も? ……いや、そんなわけない。……私は私。……ずっと私」


彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに目を伏せてしまった。

まるで、殻に閉じこもっているように。

その雰囲気は、単純に自虐的な言葉で形成されていた。


「昔からそうだったじゃん。私、雨宮に守られて。

それでも自分は1人で生きてるって勘違いして。ほんとに嫌になっちゃう」


彼女の声は震えている。

助けを求めることもなく、ただ、自分を否定してほしいかのごとく。

自らを蔑んで、けなして、殺して、自分を否定しないと気がすまないようだ。


「そんなに昔の自分が嫌いか? ……俺は結構、好きだったけどな」


初恋とまではいかないけど、確かに彼女は魅力的だった。

今の四葉、昔の四葉、どちらも精神が違うらしい。

確かにまとっている雰囲気が違う。

だけど、違う人物だと思いたくない。これは俺の願望だ。


──だが、現実は残酷だ。


最初は頭を打っただけだと思った。

頭を打ったから、記憶とかがあやふやになって、変な性格になっただけだと思ってた。

もしかしたら俺はその時から、四葉を否定していたのかもしれない。


「雨宮がどう思うかはどうでもいい。私は私が嫌い。それだけ」


涼音は顔を上げる。俺の瞳を見る。

まっすぐ、だけど、苦しそうだった。


目は口ほどにものを言う。


「ははっ、無理すんなって」

「無理なんかしてない。普通のことを普通に言ってるだけ」

「なら、涙なんか流すなよ」


優しく触れるように、ガラス細工を触る時のように。

俺は親指で、涼音の涙を拭う。


その拍子に、涼音の頭はポンと俺の方に乗る。

じんわり、暖かさとともに体重をかけられる。

やはり懐かしい。


涼音と呼ぶべきか、四葉と呼ぶべきか、案外、難しい問題かもしれない。


何はともあれ、俺と彼女は寝てしまう。つまりは添い寝。

天使さん、これって魂回復しますよね?


──まぁ、しますけど。はぁ……


なんですか?


言いたいことあるなら言ってくださいよ。


──……何も言いません。ここに人も近づけません。添い寝しててください。


顔は見えないけど、多分唇とがらせてる。

そういう感じの喋り方。


あれ?


涼音、もう寝ちゃってる。

だから、天使さんは添い寝って言ったの?


──黙っててください。


はい、すみません。


「ふぁ……」


大きなあくび、

俺も意外と電池切れ。

涼音の暖かさに眠気を誘われ、あっけなく眠ってしまった。



残り魂、あと3時間。


接触部位、肩、右手、頭。

今回の添い寝、1時間あたり1時間分回復。

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