第11話 切り抜けられない

 ハッキリと作戦の失敗が理解できたのは、この部屋に着いた時だ。


 今俺は、ガスマスクをつけた2人に事情聴取を受けている。部屋は狭くて、中央に置いてある簡素な椅子と机が大きく見えた。


「アダム……。最近、おかしな事件が起きたと思うんだが……現状について、お前はどう思う?」


 机を挟んで向かい側にいる人物。ガスマスクで顔は分からない。だが、声帯は女性のものだった。


 俺の本名を知られると不味いので、俺はアダムと仮に名乗っている。刑事も最初は「ふざけているのか?」と言っていたが、なんとか黙らせた。


 目の前にいる彼女にはさっき、警察手帳を見せてもらった。今となっては、その手帳にあった彼女の素顔なんて覚えていないが……。綺麗な顔立ちであったことは朧げに覚えている。


「お前のアレルギーを悪用し、黒咲 明日香を自殺未遂にまで追い込んだ……」


 刑事は机の上に置いた資料を読む。刑事の独り言の中で創り上げられたストーリーに、俺は内心で首を振った。


違う、違う。俺は黒咲を救いたかっただけなんだ。


「……」


だが、声は出なかった。


「アダム、黙って何になる? 答えは既に決まっているだろう?」


 彼女の鋭い声は、心を切り裂くように聞こえる。きっと、この声で何人もの屈強な犯罪者を自白させているのだろう。


バンッ!


机が叩かれた。


体がそれに反応して飛び跳ねる。


「ほら、さっさと話せ」


「……」


バンッ!


また机が叩かれる。


 大丈夫。いつものこと。政府の人間だって、俺に恐怖を与えてコントロールしたがるじゃないか。


「……お前、人を殺したかったのか?」


「……」その質問には、首を横に振った。


 人を救って、どうして罪になる? 俺が正しい行いをしたから、黒咲はアイドルを辞めることができたんだ。


ラーインに綴られた、『ありがとう』の文字が俺の脳裏をよぎる。


「じゃあ、ヒーローにでもなりたかったのか?」


「……」首は縦にも横にも動かない。


 助けるという行いでヒーローになれるのなら、この世界はヒーローだらけになっている。


そうじゃないんだ。ただ俺は、黒咲を救いたかっただけなんだから。


 たっぷり十数秒沈黙が続く。しかしながらその間に刑事が苛立ったという様子はなく、むしろ冷静になっているようだった。


「……バカなお前に、はっきりと教えてやる」刑事は立ち上がって、俺のそばに来る。


 そして、彼女はガスマスクを外して、耳元で呟いた。彼女の顔立ちは美しく、しかしながら口調はキツい。薔薇のように棘のある女性だった。


「お前はヒーローじゃない。……ただの悪党だ」


 そう言って刑事はスマホを机の上に置く。そこには、マスコミが俺の学校に押し寄せる様子が映し出されていた。


──右上のテロップに『LIVE』と丁寧に表示されている


 容赦のない報道が現実に行われていた。俺のことも、実名だけは出ていないものの、好きなように憶測で伝えられている。


 少年Aが黒咲さんを仄めかし……


 少年Aは隠し撮りした写真で黒咲さんを脅し……


 少年Aは黒咲さんに飲酒を強要し……


 刑事はスマホの画面をスライドして、いろんなニュースを見せてきた。どのニュースも俺を悪党として報道している。


「どうだ? これが現実だよ。お前がやったことに、正義なんて言葉はつかない。悪というに相応しい行いだったんだ」


「……まぁ、正義の反対は別の正義ですけどね」


  刑事は俺の言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。不快感を味わったらしく、睨むような目をしていた。


「そうか、なら警察はいらないよな?」


 刑事は、そりゃあそうなのだが嬉しそうでなかった。逆に悲しそうというわけでもなく、ただ、呆れているという感じだった。


「とりあえず、俺を解放してください。別に、証拠があるわけでもないんでしょう?」


「警察が駆けつけた時、お前が証言を偽装したこと……それが証拠になる」


「あの時は気が動転してて──」


「気が動転していても、『俺の名前はアダムです』なんて咄嗟に嘘がつけるんだな? さっき聞いたが、本名を知った人間はアレルギーになるらしいな?」


 もう、ここまで言われるとなにも反論できない。どんなに取り繕ってもボロが出るだろう。


 ならいっそ、悪の道をとことん走り抜けて仕舞えばいい。幸い、目の前の刑事はガスマスクを外している。まぁ、ガスマスク程度で俺アレルギーが防げるなんて不可能だが。


 出口は1つ。部屋の外に出たら、この建物を脱出する。とにかく走って学校までゆき、マスコミにバイオテロを仕掛ける。


 それで終わり、全員死ぬ。黒咲の秘密は永遠に、俺たち2人だけの共有財産となる。後は野となれ山となれ、好きなように捕まればいい。


──法は俺を裁けない。


「刑事さん、聞いてください。自供する気になりました……」


 刑事は「ほう?」と言って、俺の対面に座った。彼女は腕を組んで、やっと観念したかと顔に書いてある。


 すぅ、と息を肺に染み込ませる。刑事の瞳を見据える。まっすぐ、それはまるで、自白を覚悟した犯罪者のように。


刑事の瞳孔が開く。しまった、間違えたと瞳が語っている。


「俺の名前は雨宮優です。趣味は──」


 個人情報の羅列、連打、乱打、百花繚乱。刑事どもは耳を塞ぐ。だがもう遅い。止まらない咳とくしゃみ。


 床に転がり、身体中を掻きむしる刑事。咳が激しくて、ガスマスクをつけていると苦しいのか、それをとる刑事。


何度も「やめてくれ」と何かに懇願する2人を俺は見下ろす……。



──そんな光景が、広がっているはずだった



「ははっ、海野さんの言ってたこと、たまには当たるらしいなぁ?」


目の前の刑事が何故か笑っている。


「ワタクシ、感動致しましたわ。やっぱり、愛があれば俺アレルギーの症状は無くなるらしいですのね?」


 ガスマスクをとった刑事も笑っている。目の前の刑事よりも若そうな、お嬢様気質の口調だった。大人しそうな雰囲気と、垂れ目が特徴的だった。


「……なんで?」


理解できない。何を言っているのか理解できない。


愛が有れば? 海野の言っていたこと?


 目の前にいる刑事達が、お互いに目を合わせて笑っている。さっきまでの威圧するような雰囲気を崩してしまっている。


「いや、俺はたしかに──」


──ガチャリ


 部屋のドアが開いた。外から政府の女が入ってくる。俺と目が合うとニコリと笑い、俺はまた心臓を高鳴らせる。


「どうだい? 実験結果、私の言った通りだっただろう?」


「はい! 海野先輩の言った通りでした!」


 さっきまで俺にキツく尋問していた彼女。しかし、政府の女に対する態度に、そんな面影はない。


政府の女は完全に部屋へと足を踏み入れて、俺を物色するように見てくる。


「そうか、やっぱり私の予測通りか……。ふふっ、葵には感謝しないとな」


「海野様、それでは、報酬をいただいても宜しいですか?」


「あぁ、ごめん忘れてた。一人1時間だったっけ、存分に楽しみな」


 その一言で、目の前の2人の視線が変わる。ギラリと、まるで獲物を見つけた肉食獣のような視線になった。


 咄嗟に後ずさるが、すぐ壁に阻まれる。




 今日、俺アレルギーが効かない相手に対して、俺がいかに無力であるかを知った。力もなければ知恵もない。俺はそんな男だったんだな。


「ふにゅう、あの雨宮君に膝枕してもらえるなんて……」


 膝の上に頭を乗っけて幸せそうに呟く、俺を尋問したこの人。彼女は政府の人間で、俺の監視役の1人らしい。


 あと、海野と呼ばれていたいつもの女。彼女は海野雫(うみの しずく)。葵の姉であり、俺に命を救われたとかなんとか……。


 最後に、お嬢様気質のもう1人の刑事。彼女も例に漏れず政府の人間で、俺の監視役。


すごいですね。全員、俺のことが好きらしいです。


そう言えば……。


 俺はカレンダーを思い出す。赤く丸をつけた日が、今日であることに今更ながら気がついた。


あのニュース? フェイクに決まってるだろう?

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