ネット小説家の俺を推しているかわいいあの子がとても愛おしくて、なにより■■いラブコメ

園業公起

第1話 放課後の秘密

 筆を折ったのは自分よりも後発の作品が書籍化決定した時だった。

 どんなに星を稼ごうが、ブクマを得ようが、フォローされようが、レビューされようが、雲の上の遥か彼方にいる誰かの決定で、俺の作品は『書籍化できない駄作』に成り下がる。そう自覚したとき、俺から創作意欲は消え去った。最後に活動報告に更新停止を書き残して、俺は小説サイトからアカウントを削除した。それで手に入れたのは解放されたかのような安堵感と、気が遠くなるような虚しさだけだったんだ。












 それから俺こと是永これなが綾勅あやときは高校に進学した。筆を折って以来、俺に活動的になる機会は終ぞやってこなかった。なにをやっても、どうせ評価されることはない。そういう無力感ばかりがあったから。ダラダラとすごす高校生活はひどく退屈だった。だからだろうか?俺は放課後になるといつも誰もいない教室でノートPCを開いては、小説を書きなぐりだすようになった。勿論それをネットに放流することはない。どうせそんなことをしても誰も読まない。なのに書き続けるのはなんでなんだろう?




 ある日のことだ。放課後に俺は教室で小説を書いていた時、尿意を覚えてトイレに行った。その時、たまたまパソコンをスリープさせるのを忘れてしまった。それを思い出したのはトイレから戻ってくる時で、恥ずかしさを覚えた。ウェイウェイ属クラスノイチグン目リア充に見つかったら格好のいじりのネタになりかねない。でもよくよく考えるとその時は人を殴れる口実ができるからいいかと思って、悠々と教室に戻った時だった。


「ねぇ、これ?あなたが書いたの?」


 俺のパソコンの画面に映る小説を見詰める女子生徒がいた。カラスの羽のようなつやつやした長い黒髪、黒曜石のようなキラキラした黒い瞳、雪のような白い肌の美しい少女だった。その視線は凛として強いものだった。


「ねぇ、聞いてるんだけど、返事してくれないかしら?」


「ん、ああ、俺が書いたよ」


「そうなの。ふーん」


 彼女はそのまま俺の小説を読み続けた。そして読み終わった頃に、俺にその綺麗な顔を向けて微笑んで。


「面白いわねこれ」


「え…」


 バカにされるのかと思ったけど、そうではなかった。彼女は確かに面白いと言ってくれた。


「ねぇ、面白いって私が言ったのに、どうしてそんなに微妙そうな顔してるの?褒められたのに嬉しくないの?」


 彼女はどこか哀し気にそう言った。俺は戸惑っていた。ネット上では感想欄に面白いって言ってくれる人はいた。だけど現実の世界でそう言ってくれる人は初めてだった。


「そ、そうじゃなくて、その。そういう風に言われるのは初めてだったから…」


「あら?そうなの?こんなに面白いものを書けるならネットでもう人気になってるんじゃなくて?」


「いや、ネットでは書いてないから」


 正確に言えばもう書いてないだったけど、別に嘘はついてない。どうせうまくいかないんだからネットで書くことは二度とない。


「じゃあこれを読んだのは私だけ?」


「そうだね」

 

 彼女は柔らかく笑みを浮かべた。


「ねぇ続きはあるの?」


「まだないけど…」


 けどなんだ?俺は何を言おうとしているのか?心はゆらゆらなのに自然と言葉は続いていく。


「続きはすぐに書くつもり」


「そうなの?じゃあ出来たら読ませてくれる?」


 俺はこくこくと頷いた。彼女は笑ってくれた。それが俺たちの交流の始まり。


















 彼女の名は近嵐ちからし令愉來はるゆらといった。一応同じクラスだけど交流はない。彼女は誰とも群れたりしなかった。でも嫌われているのではなく、誰からも慕われ憧憬の目で見られていた。勉強もスポーツも完ぺきで何よりもカリスマめいた美しさを誇っていた。そんな彼女に対して、俺はうだつの上がらないオタク以下の超4軍ボッチ男子である。交流は自然と放課後の教室だけになった。だけどそれでもその時間はなによりも得難い幸せな時間だったと思う。俺が執筆している間、彼女は俺の傍で本を読んでいた。読んでいるのは名高き文豪たちの名作ばかり、だけど彼女は俺が書きあげた小説を読んで、持っている本よりも面白かったと言ってくれた。だから俺は幸せだった。俺が創ったものを誰かが楽しく消費してくれることこそが、クリエイターという愚か者たちの唯一の存在証明だ。それを目の前で感じてくれる人がいる。それだけで良かった。






 だから俺はそれ以上を望むべきではなかったのだ。






 ある日近嵐がクラスの一軍男子から告白された。彼女は返事をその場ではしなかった。


「ねぇ。私告白されてしまったわ」


「そうだね」

 

 俺が小説を書く横で、彼女は気だるげにそう言った。その声にはどこか官能的な甘さがあった。


「初めての彼氏にするには条件は悪くないと思うの。顔はけっこういいし、バスケ部のエースだし、勉強もできる。ノリもいいし、話していて退屈はしないわ」


 女子がいい人って言わずに具体的に褒めるのならば、それはありってことだろう。でも彼女が誰かと付き合い始めれば、今のように過ごすことはできなくなるかもしれない。いいや絶対にできなくなる。俺は嫌だった。この時間を守りたかった。だから。


「じゃあその男は、俺が書いた小説よりも面白いの?」


 俺は書き上げた小説を彼女に見せる。彼女はまるで小悪魔のように笑った。そして読み終わってこう言った。


「そうね。あの男よりもあなたの小説の方がずっとずっとずっと面白いわね」


 そして彼女は告白を断った。こうして俺たちの秘密の読書会は守られたのだ。






 『ネット小説家の俺を推しているかわいいあの子がとても愛おしくて、なにより■■いラブコメ』


 プロローグ


 【過去を惜しむ者たち】


 始まります。



星★やフォローで応援をお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る