6.西の隣国

 スフリンクの東がギアリングなら、西にはラフーロという国がある。

 領土の大半が平野で水源も豊富。肥沃な土地は広大な穀倉地帯に開墾され、それもあって古くから食糧事情の安定に寄与していた。豊穣の国とうたわれる大国である。


 あれから無事、東の隣国ギアリングからスフリンクへ戻った一行は商品である農具を満載した荷車をその日のうちに商店に預けると、現地解散。

 翌日に商店が検品後──つまりは翌々日。

 何事も無ければ引き続き、今度は西の隣国ラフーロへと輸送する手筈てはずになっていた。


*


 ──そして現在。三人は豊穣の国ラフーロの地を踏み、同国の魔道駅を経て、王都カッセルまでやってきている。

 順調であれば駅から出て少し歩くと、<白亜のホワイト王城ケーキ>が遠くに望めるのだが……


「ここでも検問かよ……」


 ラフーロの魔道駅建屋の出入口から出るなり、げんなりとした様子でジュリアスが呟いた。ギアリングでも見た光景だが、何より列の長さが段違いだった。

 ラフーロは豊かな国であり、何もかも一回り、或いは二回りほど隣国と比べて規模が違う。時間帯も影響しているかもしれないが、彼らが目にした長蛇の列もその例に漏れなかった、という訳だ。


「いやぁ、並んでますな……」

「これは一時間くらいかかるかもね」


 思わず苦笑するディディーに、淡々と予想するゴート。


 愚痴愚痴ぐちぐち言っても仕方ない、まずは最後尾に並び、適当に喋りながら時間を潰す。

 ……しかし、意外にも列の進みは早く、そんなに待たずに済みそうだった。

 会話は納品してからの行動をどうするか、という話になり──


「……まぁ、この場で報酬貰える訳じゃないから豪遊は出来ないけどよ。折角だから何処どこぞで飯は食って帰りたい気分だよな」

「確かに。ゴートには悪いけど、パンが美味いんだよね。ラフーロってさ」


「そりゃ、粉からして違うからね。ラフーロ国内では一等品が大量に安価で出回っているから何処の店でも使えて、一定の味は保証されてる。一方、スフリンクの一等は味こそラフーロの一等品に負けてないけど、粉自体の収穫量に差がありすぎてね……となれば、一等品は割高で、いいものほど上流で消費されるから色んな意味で市場に出回りにくい。じゃ、輸入すればいいと思うかもしれないけど、余所の国の物は税がかかるから、結局、それも割高になる……」


「自国の農業は保護しなきゃならんからなぁ。他国の良質な物が自国の物より安価で手に入るとなれば、市場は崩壊するしな。そうなれば、短期的にも長期的にも良くはない。国にしろパン屋にしろ買う奴にしろ、どの言い分も分かるのがつらいとこだ」


「まぁね。父さんもぼやいちゃいるけど、仕方ないと割り切ってるし」

「……あ。粉って俺達が此処で買って帰る分には安く済むんじゃね?」


 名案のようにディディーが呟くが、ゴートは苦笑いをして否定する。


「それはそうだけど、持ち帰る手間を考えるとね。一袋も結構な重さだし、計画的に大量に買い付けるとなれば、それこそ税を納める羽目になるし」


「あー……それもそうか。この荷車も借り物だしなぁ」


「というか、荷車ごと置いて帰ると出発前に先方にも確認取っただろう。でないと、観光するような自由時間なんて取れないんだから」


「あー……それもそうでした」


 ──と、ふと気づいてディディーが訊ねる。


「そういや、今日は自前の転移てんいせきで帰るのになんで一昨日おとといは使わなかったんです?」

「なんでってそりゃ──いや、なんでだと思うよ?」


 ジュリアスはニヤリと笑って、逆に聞き返す。


「……持っていくの忘れたとか?」

「惜しいな。そういう理由がある時もあるが、今回はそれはだ」


「それじゃ、荷車を持っていけないとかでしょ」


「正解。正確には荷車を持っていけないってんじゃなく、転移の制限内に収まらないから、だな。だから、どんなに持っていきたくともそれ以上持っていけない。転移による長距離跳躍ロングジャンプで超過せずに跳べる範囲はせいぜい人間2~3人分だな、それ以上はその場に置いてきてしまうと思って間違いない」


「今回みたいに大量に何かを輸送するには向いてないんだね」


「そうだな。その役割は転移石ではなく転送石が行う。魔道駅の、な。だから、国は利便性を考慮して国内に魔道駅を整備する訳だ」


「転移にも意外な弱点があるんすね……」


「そうだ。ちなみに転移もお前らが思っているほど、使い勝手がいい訳でもないぞ? 基本的には一度行った場所じゃなきゃ跳べないし、跳ぶにしても、その景観を記憶に焼きつけなきゃならない。面倒だからって、マーキングして──いや、目印を置いて代用する方法もあるが、その目印がまたどっかにいってしまってると……それでもう駄目だ。終わりだよ」


「……それ、何処に跳ぶんですか?」


。転移にしろ転送にしろ、点と点が正しく結ばれないと跳べないようになってる。魔術師の中には得体のしれない世界の狭間はざまに吹っ飛ばされるっていう言説を唱える奴もいるが、それはただの迷信だから」




「──君達」




 すると、三人の会話に誰かが割って入ってくる。女性の声だった。

 そちらを振り向くと、明るい色の礼服に金属製の胸当てを付けた薄化粧の女性──三人よりも少し年上だろうか。腰には長剣を帯びており、所作しょさや雰囲気からこの国の正騎士だろうとうかがい知れた。

 古風で質実剛健なギアリングや港湾という土地柄から荒くれ者も多いスフリンクに対して、文化的に進んだラフーロには女性騎士という存在も珍しくない。


「……なんでしょうか?」


 三人を代表して、ジュリアスが受け答える。


「いや、すまない。転移がどうとか聞こえたものでね。不躾ぶしつけで悪いがどういう事か、聞かせて貰えないかな?」


「よろしいですよ、です。これは父の形見でしてね、」


 ジュリアスがこんな時の為に前もって用意したを言いながら、腰の革帯ベルトげた革袋より魔石を取り出してみせる。


「転移石です。といっても、未熟というか完全ではなくてですね、魔術師にしか扱えませんが。おまけに不恰好でしょう?」


 濃い緑色の魔石内には幾つもの気泡があり、形も悪い。

 売り物だとすれば、有り得ないような代物だった。大した魔術の知識がなくとも、正規の工房で造られたものではない事は一目で分かる。


「あぁ、協力有り難う。……君達は鉄の国ギアリングからやってきたのかな?」


「いえ、我々は閂の国スフリンクの人間です。商品は鉄の国ギアリングから輸送して参りましたがね」


 閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票を見せながら、ジュリアスは続ける。


「しかし、物々しい事ですね……ギアリングじゃなんでも殺人事件があったとかで騒ぎになってましたが、こちらでも似たような事があったんで?」


「あぁ、その殺人事件に関連しての事さ。現在、我が国で何かあった訳ではないが、これから起こるかもしれないとから情報があってね。この検問はその予防措置という訳さ」


然様さようで。しかし……」


 ふと、ジュリアスが考え込むような仕草を見せる。


「……何かな?」


「いえね……当事者のギアリングと、その情報だとかのせいで騒ぎになるラフーロはともかく、その間にあるスフリンクは今日も平和なもの……まるで他人事ひとごとのような、いや──(無関心って訳じゃない。冒険者アドベンチャラー協会ギルドも情報を集めようとしていた……)この両国の温度差、ひょっとして事件は起こっているって事ですかね?」


「さぁ、それは何ともがたいが……それが事実なら妙な話ではあると思うよ。君がそう考えるのも、もっともだと思う。私はね」


 話し込んでいるうちに列が大分進んでしまっていた。二人とはちょっと離れすぎている。この正騎士からもう少し情報を聞き出したいところだが──


「いや、引き留めてすまなかったね。改めて、協力有り難う」

「いえ、こちらこそ。では、失礼します」


 ジュリアスは一言断って、列に戻る。

 今の会話で得た情報から何か釈然としないものを感じながら──

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