5.<鉄の国>ギアリング

 三人は何事も無く国境を越え、第一の目的地である東の隣国ギアリングの魔道駅に到着した。

 あちらの魔道駅前には例の殺人事件の影響か、普段はあまり見かけない同国の兵士が数人、訪れた人々を観察しては時折呼び止めたりしていた。

 ジュリアス達も例外ではなく目的等、軽く質問されるが閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票を提示しながら質問に答えると特に問題ないと判断されたようで、すんなり通してくれた。


 しかし、一行の持ち物には荷車があるので駅舎で過ごす訳にはいかず、併設されている魔道駅建屋内で発動時刻まで待つ事にする。

 駅員から切符を買い、石畳に刻まれた特殊な呪紋──転送用の魔法陣の様子を気にしながら、発動の時間まで適当に会話をしていた。


*


 そうして、やってきたギアリング王国の王都ラング──

 ゴートも、ディディーも、ジュリアスすら此処に来るのは初めてだった。


 駅員に切符を半券にして貰い、三人は早速、魔道駅建屋から表通りを目指して歩き出す。

 手渡された目録によれば、訪問する鍛冶屋は四軒──

 事前に列の最後尾に回り、もぎりの後に道順を訊ねて効率よく訪問する順序も助言して貰っている。ぬかりはない。


 三人は歩きながら、初めての町の様子を見回している。


「ふむ……」


 <鉄の国>ギアリング……その第一印象は意外にも大人しい国だった。

 寡黙な職人の国、というべきか。


 また、鉄の国と呼ばれてはいるが昔から良質な石材が採れる事でも知られており、建物も自然のまま、派手な着色を施したようものはほとんど見受けられない。

 石造りの店や家屋が多く、寒色系で硬質な町並みは落ち着いたというか、成熟した雰囲気を醸し出している。

 普段のスフリンクが色鮮やかな港町で活気がある、ざまに言えば騒々しいだけに一行は少々面食らってしまっていた。


「なんかこう……地味な町ですね」


 ディディーが呟く。ジュリアスも内心では似たような感想を抱き、同意して頷く。


「まぁな。けど、一国の首都なんて大概こんなものだろう。小さい国──いや、若い国ほど上辺には活況かっきょうていするが、大国になり、歴史と伝統を積み重ねれば、どんな国もしまいには落ち着くもんだ」


「……そんなもんですかね? ウチの国もいつかはこんな風に?」


「それは──いや、分からんな……根底が荒々しい海の男の国だからな、閂の国スフリンクは。成熟したとしても、大して変わらんかもな」


「あー、まぁ……どっちかっていうと変わりそうにない気がしますね……」


 ディディーが何か分かったような分からないような、曖昧に返事をする。

 ジュリアスもそれ以上、話を広げるつもりはなかったので適当な相槌を打って話題を流した。


*


 ……それから、一行の中で最も方向感覚にけているゴートの誘導に従い、目録に記された鍛冶屋を回っていく。

 一件、また一件と回るごとくわにシャベル等が積まれ、その他にもつるはしのような十字鍬に丸ごと鉄で出来た根切ねきすき、3~5本爪の農業用フォーク等々、様々な農具が荷台に積まれていった。


 ──その途中、武具を取り扱っている鍛冶屋もあった。

 そこで剣の売値を見たり、粗悪品の見分け方を教えて貰ったり、主の厚意で実際に素振りなど手触りを確かめさせて貰ったりもした。

 結局、二人はそこで購入せず、まずは情報だけを仕入れて帰途につく事にする。


*


 ……太陽が西に傾いた頃、この国でやるべき事を終えた三人がギアリングの魔道駅に到着した。

 早速、呼び止められた兵士達から荷物が何であるか聞かれ、検査を受ける為に列へ並んでいると、現場に居合わせた彼らの監督役に声を掛けられる。


 ──年齢は三十路みそじか、それに近しい頃合い。そこらの兵士とは服装からして違う。

 由緒正しい礼服に、腰にはこまやかな金細工を施した鞘の長剣。ほりの深い顔に顎髭あごひげたくわえ、笑顔にも何処か油断のならないものを感じる。


 おそらく彼はギアリングの正騎士なのだろう。

 ジュリアスは冒険者である前に魔術師らしい恰好の魔術師である為、興味を持ったらしかった。


「……隣国スフリンクからやってきたという事だが、君らは冒険者か? それとも、要人警護の傭兵かな?」


 ジュリアスと二人の若者を見比べながら、温和にたずねてきた。


「我々はただの駆け出し冒険者で、わたくしはジュリアス。御覧ごらんの通り、な魔術師をやっております。しかし、物々しい検問ですね……この国には初めて来たんですが、いつもこのような検査をなさってるんで?」


 閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票を提示しながら、ジュリアス。

 それを受け取り、内容を改めながら正騎士は答える。


「いいや。今は非常時でね……巡り合わせが悪かった。少し面倒な事件があってね、非常線を張っている最中なのだよ」


「……ほう? 事件ですか?」


 ジュリアスが素知らぬ顔で訊ねる。正騎士が仕事票を彼に返しながら、


「そう、事件だ。連続性のある事件の二件目。使


 これ見よがしに積み荷に視線を落としながら、正騎士が呟く。

 ……しかし、ジュリアスは意に介さず、


「は~……それは、なんとまぁ。ご苦労様です」

「……その様子だとスフリンクは平和なようだな。羨ましい限りだ」


「いや、盛り場での喧嘩はしょっちゅうですがね。ま、殺人となるほど物騒な事件は最近は聞いてませんな。……ところで、犯人の目星はついているので?」


「いや、犯人はおろか犯行の目撃者もいない。だが、から犯人に繋がる有力な情報は得ている。我々もただ手をこまねいている訳ではないよ」


然様さようですか。なら、犯人逮捕も近いようで安心しました」


 ジュリアスはそう言って、正騎士に笑いかける。

 正騎士も小さく笑って鷹揚おうよううなずき、同意した──が、瞳の奥は笑ってはいない。


 ちょうど、兵士による荷物検査も終わった。ジュリアスは「では」と一言断って、その場を二人と共に立ち去る。

 正騎士は何を思うのか、ジュリアスの後ろ姿を暫く追っていた。


「──ボスマン様。あの魔術師風の男が何か?」


 部下の一人がさり気なく彼に近付くと、視線の真意を確かめる。

 今ならまだ、あの者達の拘束も間に合う……が。


「いや……何処ぞの密偵かと思ったが、違うな。冒険者ではあるのだろう。仕事票も正規のものだったしな。ただ、駆け出しという割に貫禄があるのが気に食わないが」


物怖ものおじしない向こう見ずな人間は確かに冒険者に向いていますが、それにしたって人馴れしすぎている印象がありました。魔術師を自称している割には気さくで、妙にへりくだっていたところが自分には気にさわりましたね」


「だが、魔術師を詐称さしょうしているようには見受けられなかった。魔力という圧は確かに感じられたな。我が宮廷魔術師殿を思えば、そこは嘘偽りではあるまい。暗躍者アサシン教団ギルドと繋がっている線も考えられる、が──」


「それならまだ隣国の内偵調査と考える方が自然でしょうね……それに、賊の拠点が、と我々は知っていますが──当然、それが見抜かれている可能性も考慮しているはずです。そんな中、わざわざ不利になるよう印象付けるのは得策とは思えません」


「……だな。記憶はしても、注目するほどではあるまい。それよりは──を、注視するべきだろうな」


「そうですね。もっとも王城には宮廷魔術師殿が詰めてますから、下手な工作は出来ないと思いますが……」


 ギアリングの王城には今、はるばるノーライトから暗躍者アサシン教団ギルドの一員がやってきて滞在していた。

 国内で起きた連続殺人事件の犯人がギルドの元暗殺者であると伝えてきたのが彼女だ。現場検証と解説された手法の一致具合から実際に立ち会っていた者達も得心したというので、それは間違いない。しかし──


(どうにもに落ちないところがある……それが何か、まだ分からんが……)


 正騎士が西日を眺めて黄昏たそがれる。──季節は秋。ひかりが沈むのは存外ぞんがい、早い。

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