2.道すがら


 魔術師のジュリアス。彼の弟子?のゴート=クラース。

 その二人と並んで歩く浅黒い肌の青年から、まずは紹介しよう。

 

 彼の名前はディリック=ディオード。18歳。

 だが、ディリックという名前で呼ぶのは家族くらいものだった。


 基本的には略称のディディーと呼ばれている。彼自身もその呼ばれ方を愛称としている。この国では特に珍しくない漁師──船乗りの息子で、兵役の時期(閂の国スフリンクには男女を問わず一年間の兵役義務がある)が重なった同期を誘って九月に期間満了後、この秋から新米の冒険者になった。


 次に、その誘われた同期こと、ゴート=クラース。

 何処となく気弱そうな、繊細な顔立ちの青年。性格は明るいディディーとは違って物静かで真面目に黙々と、それでいて色々とそつなくこなす。兵役で同期だった者達は彼を「一人いるととても助かる、裏方的な気質の男」として評価していた。


 最後に紹介するのが、彼らを先導するように少し前を歩く者……年齢は不詳だが、おそらくは三人の中で年長者の魔術師、ジュリアスだ。


 彼は自身が魔術師である事を周囲に誇示するように、冒険者をやる時は絶対に黒い外套マントを着用している。

 その魔法の知識と人生経験はまさしく歴戦の魔術師で、一行の隊長格……で、あるのだが本人はその扱いを露骨に嫌がっている。

 曰く、魔術師は補佐をするものだから──らしい。

 確かに物語などでの魔術師の役回りはそういうものではあるが……性格的に、ただ面倒くさがってるだけの方便だと、ディディーもゴートも疑っている。


*


 ──三人は今、冒険者アドベンチャラー協会ギルドから出て移動している真っ最中である。


 彼らがこれから向かおうとしている場所は、冒険者として何かをした時、する時に通例として利用している、いつもの店だ。

 そこは黒猫亭くろねこていという名前で昼は食堂、夜は酒場の顔を持つ、中央区の大通りから少し外れたところにある。


 時間は昼日中ひるひなか、だが、飯時は過ぎた頃。

 この時間帯ならば、多少長居してもそこまで迷惑にはなるまい。


 ……しかし、十月も今日で十日目だが、日中はまだまだ暖かい。

 こよみの上では秋なのだが、汗っかきのディディーは厚手の冒険服を袖まくりして、半端はんぱな半袖にしている。

 一方、彼以外の二人はそうでもないのか、似たような恰好なのに汗一つかいては

いなかった。


 で、店に到着するまでの道すがら──


「──ところで、ジュリアスさん」

「……うん、なんだ?」


「さっきの話なんですけど。討伐の依頼、なんで断ったんですか?」


「うん? ……ああ、討伐っていうか、駆除依頼か。まぁ、単純に面倒っていうのもあるけど、ひとつは飛び道具なしにどうこう出来る相手じゃない、ってとこかな」


「あー……まぁ、猪とかはね……」


 猪という獣は意外に大きい。特に家畜である豚と交雑してしまった個体は特に。

 いくら三人がかりとはいえ、丸腰では猪の突進を止められず、逆に跳ね飛ばされてしまうだろう。それくらいは容易に想像出来る。


「それと野犬もな。ありゃ、下手な魔物よりも怪我する確率は高い。蹴飛ばしたりは出来るけどよ。それに野犬とはいえ、犬だ。足蹴あしげにするには心理的にも抵抗がある。そこは犬型の魔物モンスターなら問題はないけどよ」


「まぁ、それはそうっすねぇ」


 言われてみれば確かに、とディディーも同意する。


「……そもそもあの依頼さ、明らかに俺だけを当てにしてる頼み方なんだよ。だからあんな風に茶化して、表向きはなごやかに断った訳だ。第一、俺だけの評価が上がってもしょうがないしな……」


「うん、そうですか? 隊長リーダー的な存在のジュリアスさんの名声が高まれば、俺達にもいい仕事が回ってくると思うけど」


「まぁ、分相応ぶんそうおうってものがあるよ。一足飛びに行ったってその先には苦労しかないと俺は思ってるし」


「うん、まぁ……んー……」


 そういう風に言われると反論は出来ず、ディディーは言葉に詰まって唸るだけだ。

 すると、横で会話が終わるのを待っていたゴートがジュリアスに話しかける。


「ジュリアスが誘われたのは、やっぱり魔術師だから?」


「そりゃそうだろう。猟師の真似事──いや、代役を頼んで務まるのは弓士を除けば魔法って飛び道具が使える、魔術師や魔法使いぐらいだからな」


「……だけど、僕らはジュリアスの実力を知ってるけど、ギルドや他の人達はそれを知ってるんだっけ?」


「いや? まだ知らない筈だと思う……面接でこう、指先に火を灯して見せたぐらいか? そりゃ確かに俺は、これ見よがしに魔術師だと主張しているがな……そもそも冒険者の仕事中に魔法を使って見せた事もないよな……? 前回も今回も、言っちゃなんだが、ただのおつかいだったし」


 ゴートの指摘を受けて、ジュリアスが受け答える。


「なんていうか、ちょっと引っ掛かってね……」


「まぁな……だが、冒険者アドベンチャラー協会ギルドとしても早々に俺の実力を把握したい──いや、化けの皮をがしたいのかもしれん。世の中には意外と多いらしいからな。魔術師をかた不逞ふていやからがよ」


「──あっ、そういう線もあるのか!」

「そう言われれば……そっちの方が正しいかもしれない」


 ゴートもジュリアスの考えた方に同調した。


「まぁ、俺達は気にせず俺達に出来る仕事を全うしよう。初心者のうちは変わり映えしない仕事が続くが、これも下積みってやつさ。国は一日にしてならず、だ」


 ちょうど会話の区切りと大通りから道を曲がる時機が重なった。もう少し歩けば、目指す黒猫亭が見えてくる。

 心持ち足早になり、一行は店に向かっていった。



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