3.黒猫亭にて
王都スフリンクの全景は、ざっくりと言えば
区分した北区は縦も横も最も狭く、東・西区と中央区で王都の機能中枢を担い、
幅広く海に接した南区は大部分が港湾となっていた。魔道駅は北部と南部を除いた東・中央・西に一駅ずつあり、東から順に1・2・3と番号が振り分けられている。
その店は王都スフリンクの中央区、第二魔道駅から大通りへ向かう途中にあった。
──昼は大衆食堂、夜は酒場。
店の看板には黒猫の顔を簡潔に模した絵が描かれ、看板猫だけでなく美人の看板娘もおり、繁盛している店だった。
*
三人は既に入店し、円卓を席で囲って座っている。注文も済ませたし、後は料理が運ばれてくるのを待つばかりであった。
雑談で時間を潰していると、金髪で青い瞳の看板娘が注文した料理を運んできた。ひとつが来たら、次々と。
魚の塩焼きに鶏肉入り野菜炒め、二枚貝の焼き物。輪切り玉葱の揚げ物に鶏団子と野菜の煮物、三人分の炭酸水は注文の後、すぐに持ってきてくれていた。
三人は早速、料理に手を付け、舌鼓を打った後──
「そういや、ジュリアスさん。さっきアチカさんと話してた時に出たアサシンギルドって、あの有名なアサシンギルドですか?」
「うん? まぁ多分、そのアサシンギルドで間違いねぇんじゃねぇかな……」
ジュリアスは浅黒い肌の青年──ディディーの質問に答えながら、
「アサシンギルドっていうと、ノーライトのあれだよね。暗殺者集団。ジュリアスは何か知ってる?」
「……いや? 俺も正直、ゴートくらいの知識しかないぞ。二人が習った歴史の授業通りだ。──百年以上前の世界大戦で暗躍したノーライトの暗殺者集団。大陸北端の弱小国に過ぎなかったノーライトが、勢力拡大の為に講じた有名な禁じ手のひとつ。現在は暗殺者ではなく暗躍者、組織も教団に名を変えて、国内の治安維持に陰ながら尽力している……知ってるのはそれくらいだよ」
「……その実態はなんかすごいやばい連中って話らしいっすね」
「そうだな。治安維持なんて大層ご立派な名目だが、裏では何をしてるのか分かりゃしない。しかも結構な強権持ちで、国内の騎士や貴族すら頭が上がらないなんて話も聞くな」
「……アサシンって強いの?」
ゴートが単純な疑問をジュリアスに尋ねる。
「一撃必殺が信条……というか絶対で、それを初手──必ず不意打ちで行う。それを強いと思うか弱いと思うかは個人の主観によるな」
「いや、強くない? それって」
ディディーが口を挟んでくる。ジュリアスも特に否定せず、
「うーん……確かに一撃で済ませれば強いけど……」
ゴートは少し納得いってないようだった。
「まぁな。一発必中、一撃必殺ってのは戦闘に
「……単純な戦闘力はどうなの?」
「どう、と言われてもなぁ……訓練された暗殺者はそこらの兵士より強いだろうよ。でも、そこまでだ。正当な剣術を修めた騎士や剣士と一対一なら、まず勝てない。
「うーん……そんなものか……」
「ま、確かに。アサシンってのは刃に毒塗ったりとか、まともに戦うような書き方はしてないっすよね。人質取ったりもするし」
「自ら暗躍者と名乗ってるんだ。連中にとっては、
ジュリアスはジョッキの炭酸水を飲み干し、通りかかった看板娘を呼び止める。
金髪に青い瞳の人間はこの国では珍しい。基本的にこういう髪、瞳、肌の人は山脈を隔てた向こう側に
その彼女に炭酸水のおかわりと、くし切り芋の素揚げを追加注文する。
彼女は笑顔で応対し、伝票に書き記すと厨房に向かっていった。
……ジュリアスは二人に向き直り、
「ただ、あんまりこういうことは言いたくねぇんだけどよ。戦争にも功罪はあった。例えば、俺らがこうして飲んでる炭酸水も戦争がなければ生まれてなかった。元々が毒霧だからな」
「毒霧……?」
「そう。無色透明、無味無臭。理想的な毒霧として開発された魔術が大本だ。これもノーライトの有名な禁じ手のひとつ。実験生物──その
「まじすか」
「まじだよ。他にも、冷蔵庫なんかも戦争での技術が元で出来たものなんだぜ?」
得意げにジュリアスは二人に語る。
「……それは兵役中の座学で聞いた事があるかな。戦時中、西の大陸から食料とか色々なものを輸送する為に船倉を冷凍室にして、魔術師が数人がかりで輪番しながら運んだのが起源なんだっけ。それを戦後、冷凍の魔石を使って機械化して、再現したものが冷蔵庫なんだと」
「正解。……だけど、俺が言いたい技術ってのは今回は魔石じゃない。冷蔵庫の
──冷蔵庫、というものに関して構造は至って単純なものだ。
乱暴に言えば二段構造の木箱で上部が冷凍の魔石を納めた冷凍室、下部が冷蔵室である。冷凍室の中央に特殊な容器があり、そこに鎮座した冷凍の魔石、容器内を水で満たす事で魔石が氷結させ、冷気を発生する仕組みだ。そして、水は徐々に消費されていくから定期的に補充してやらなくてはならない。その為、冷蔵庫の天板は簡単に取り外せるようになっている。
「あれって、起動用の装置ですよね?」
「そうだな。そして、魔力補充用の装置でもある」
「……補充用?」
「世の中には使用に際して危険な魔法、禁断の魔法ってのが幾つもある。主に戦争中に生まれたものなんだが──それに使われているのも、実はその一つだ。聞いた事はあるかな、"
「……えげつないっすね」
「それが、冷蔵庫の冷気の維持に実は使われているってこと?」
「そういうこと。……戦争が技術を発展させる。今日の非常識は明日の常識になる。誰が言ったかは知らないが、要はそういうおはなしさ」
「へぇー……というか、不思議なんですが何処で得るんですか、そんな豆知識」
「ま、色々とな。行商人だったり、人の話の立ち聞きだったり。専門店から知った話だってある。そうやって、いつの間にか知ってる事も多いのさ」
「冒険者っぽいね」
「だな。これくらい、すぐに習慣になる。そして、職業病になるんだぜ?」
そう言ってジュリアスはディディーに笑いかけた。
ちょうど炭酸水も届き、娘に礼を言ってジョッキに口を付ける。
……その後も三人は料理を少しずつ摘まみながら雑談を続け、その日の祝宴擬きは気分よく解散となった。
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