☆Special battle1.「いつかどこかの夢のさなか」

 ──これは夢だ。僕は、夢を見ている。

 今、目の前で対峙するのは……対峙するのは。

 

 (強引に魔術を押し売りしてきた)今は冒険者仲間で……(師匠面している)見知った

顔の魔術師……ジュリアス=ハインライン、だ。


 これから、そのジュリアス=ハインライン、と……(何故、ジュリアスと……?)

 ──ジュリアスと、立ち会う。


 いつものように魔術師と一目で分かるよう、黒い外套マントをたなびかせ、彼には珍しく高級そうな黒衣ローブを着込み──両腕をだらりと下げ、掌を拡げてこちらに向けている。

自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、負けるとは微塵も思っていない。


 一方、僕は普段着で剣を握っていた。

 右手で、剣、を……いけない、僕は左利きだった。剣を持ち替えて、両手で握る。素振りをする。何度も、する。

 一心不乱だった。繰り返していると、心がんでいくような……気がする。


 ジュリアスが、見ていた……観察していた。気付くまで僕は忘れていた。


「準備運動はもういいのか?」


 ここはどこだろう。上も下も無く白い空間に何故か僕達は二本足で立っていて──

 ……駄目だ、考えるな。余計な事を。


 ジュリアスと立ち会う。果し合いだ。距離は大股で十歩ほど……だろうか。結構、遠い。性根を入れろ。叩き斬るんだ。一撃で殺すつもりで、かかれ。


 全身に"気"をみなぎらせる。魔力と言い換えてもいい。しかし、僕には "気"と表現する方が合っている。


 太腿に"気"を集中した。ここが運動の要だ。……いで爪先つまさき。地を蹴るにはここも不可欠。最後にどのように斬りかかるか。──背後、だ。脳裏のうりに剣のひらめきが克明に映し出される。


 迷いなく浮かび上がった時の一閃は鋭く、速い。如何いかなジュリアスとて肝を冷やす事だろう。



 さぁ、見せてやろうではないか──



 中段の構えからやや体が沈むと、ジュリアスも気配を察知して身構えた。


 一歩、爆発的な始動は音も無く、猫科の猛獣に酷似するがより速く、

 二歩、あっという間に眼前に詰め寄ると、

 三歩、軽々と中空に伸び上がり、彼の頭上をひるがえしながら越えて──


「……チッ!」


 ジュリアスは舌打ちと共に体をじりながら、剣をてのひらで受け止め──いや!

 刃が触れる前に掌にたくわえたを爆発させて、剣を弾き返す! 宙返りから背後、右脇腹を変則的に狙った斬り上げ(腕振りは逆様さかさまだけど)──は、見事に防がれた。


(流石だ……)


 僕は下手に着地の為の姿勢を取らず、勢いを殺さぬまま地面に叩きつけられる!

 もんどりうって跳ね回りながら機をみて膝を立て、そこから態勢を立て直す。


 一足飛びに詰めた距離がまた離れてしまった。これではさっきのやり直しかな。


「……"風の痛打ウインドブラスト"で跳ね返されてもピンピンしてるな。お前もも、なかなかやるじゃないか」


 剣? 剣……僕の剣、は長剣で刃は……もやがかかっているように、何故か全体像が掴めない。──考えるな。そうだ、そんな事よりも相手に集中しなくては。


「しかも、さっきの跳び技──"筋力強化ストレングス"だな」


「……"筋力強化ストレングス"?」


「身体強化の魔法の一つでな、魔力によって一時的に筋力を強化する。魔術、体術の流派に亜種も多い。これもまた、普遍的な強化術だな。お前の場合は呪文の詠唱ではなく、呼吸法による精神統一で行われている。意識か無意識かは知らんがね」


 そうか。そうだった、のか? そうなのか……僕はジュリアスの解説をぼんやりと

聞いていた。


「しかし、重要なのはそこではない。それくらいは俺にだって出来るし、なんなら、お前以上に出来る者はそれこそ五万といるだろう。今見せた神業かみわざたる所以ゆえんは一歩目ではなく、にある」


しゅく……? 大跳おおとび……?」


 僕の口から勝手に出たが、神速を可能とする歩法、いや、技法の名称だった。

 何処どこで見た……いや、誰から聞いたんだったか──


「普通なら一歩目の大跳びの後、着地で一旦停止するもんだ。しかし、お前のそれは二歩目で停止どころか減速を最小限に抑え、さらに加速したと錯覚するような伸びを見せた。上方に跳んで距離こそ縮んだが、正直、人間業にんげんわざでは有り得ない技法だ」


 ──そう、これは技法。技術と魔法の融合。


 ……やっている事は日常動作の歩く、走るの延長線上。足裏や踵ではなく爪先から降りて、歩く。或いは、走る。それが土台にある。あまりにもごく自然に距離だけが詰められる、に、技法の極意はあった。


 その歩法の修得は、十歳とうになるまでにはを目指す。

 若いうちから──というより、若いうちでなければ自在にはならない。

 頭で考えるよりも体が動く。意識せずとも無意識にるようにる。


 そのような肉体を造るには、幼少期からの訓練が欠かせない。

 幼少期──幼い、頃……? 僕は何故、この技法を──



「遊んでやるよ、ゴート=クラース。しばらく"疾風衝エアスラスト"と"風の痛打ウインドブラスト"で相手してやる。詠唱なしで、だ。見事に打ち破ってみせろ」


 。ジュリアスの体に"気"が充実して顕在化するのが、分かる。

 まだ対等とはいえないが、僕の技法で彼の興味はけたようだ。

 次は、本気にさせてやろう──


 ……その為にも、まずはだ。


 "疾風衝エアスラスト"は以前に見た。掌から衝撃波を撃つ魔法……だ。

 衝撃波といっても拳大の見えない石を投げつけているような魔法で、術者によって変化するのは衝撃波の大きさと撃ち出される時の速度、そして飛距離、だ。


 "風の痛打ウインドブラスト"は掌から放射状に爆発を起こす魔法……

 しかし、火は伴わないので爆風と言う方が適切かもしれない。


 単純に吹っ飛ばす魔法だ。先刻、僕が食らったように。但し、掌を密着させながら撃った場合は、容易たやすく相手を戦闘不能に出来るだけの威力はある。内臓が痙攣けいれんし、場合によっては損傷する可能性も……下手すると、心臓が止まって致命的な事になるかもしれない。


 遠距離と近距離。その二つでジュリアスは僕と戦うつもりだ。

 僕は剣を中段に構え、相手の出方を待つ……


「──どうした? 魔術師相手に掛かってこないのか?」


 ジュリアスは左手を前に突き出し、僕に対して狙いを定める。全身に"気"をみなぎらせたまま、に力を溜めている。


 。ジュリアスはいちいち力を配分して魔法を使う訳ではない。

 漲らせたをそのままに、余剰分を魔法に転用しているのだ。これがジュリアスの魔力……まるで隙が無い、これこそ人間業じゃないじゃないか……!


「ふむ。それでは、こちらから行こう」


 ──見える! ジュリアスの掌から高速で撃ち出された衝撃波を剣で弾く! 

 剣は盾のように真っ向から受けるのではなく、刃先で軌道を変えるように後ろへと流すのだ! 手に多少の痺れはあるが、初手にしては悪くない。


「お、随分と余裕があるじゃないか」


 彼にしたらまだ小手調べのつもりなのだろう。もう一発、同じようなものが飛んでくるが既に対処法は掴んでいる。は最早、脅威ではない。


「なら、こいつはどうだ!」


 ──今度は両手。何が嬉しいのか、ジュリアスは笑っている。反面、僕の心は少し冷めていた。連発しようが変化をつけようが威力を上げようが、無駄だ。


「もう見切った」


 弾いては歩き、歩いては弾く。無造作に間合を詰めていく。

 後は近距離の"風の痛打ウインドブラスト"を潰すだけ。……少しは本気になっただろうか?

 彼は口を利かなくなり、視線に敵意があるように見える。


 ……すると、撃つだけ無駄と悟ったのか、腕を伸ばせば喉元に剣を突き付けられるような至近距離まで、ジュリアスは何もしてこなくなった。ただ、こちらを見ているだけ。……どうやら、彼の機嫌と自尊心を損ねてしまったらしい。


「──どうした、絶好の間合だろう? 掛かってこないのか?」


 悠然とした余裕の笑みを浮かべながら、ジュリアスは挑発する。


 だがその虚勢、ちっぽけな虚栄心を満たす為にわざと我が身をさらした挑発は、ただ命取りになるだけだ。彼は何も分かっていない、彼我ひがの実力差を。今の僕と貴方は、拮抗している。第一、僕は貴方の弟子ではない……!


 思い知らせてやろうじゃないか──!


 僕の剣が動く、それに合わせてジュリアスの手も動く! 肩口を狙った剣が爆風に弾かれ、胴を狙った剣も弾かれる!


(だが、吹き飛ばされるほどじゃない)


 一打目で僕の手から剣を奪えなかったのは失策だったな……あとは時間の問題だ。このまま斬りかかり続けば、いずれは剣勢にされて叩き斬れる!


「──見切った、と言ったな?」


 ジュリアスが笑っている。相変わらず、余裕の笑みだ。


「お前の敗因を教えてやろう……剣一本で腕二本を相手にまともに打ち合ってるからだよ。お前は両手だが、俺は片手でお前の剣をさばいている事には気付いているよな? では、? よく見てみるんだな」


「何、を──」


 ジュリアスの片手。空いた手。常に"気"が……いや、魔力が充填されている。

 片手間だから二段目の防御が間に合っている……? いや、ジュリアスがやろうと思えば反撃にも──


「剣を振るには力がいる。一振りにどれだけの力を込めているかは知らんが、持久戦ならこっちに分があるぞ。息が上がるのはそっちが先だ。この勝負、お前が勝つには初見の一発目で俺を両断しなければならなかった……悪いが、この程度では俺の脅威にはならん」


 息……? 言われて、気付く。確かに、苦しくなってるかもしれない。

 だが、それがどうした。

 いや、だからこそ、ここで押し切らないとますます苦しくなる。

 僕は一呼吸の後、気合を入れ直して──


「だからな、」


 剣が弾かれて、体勢が崩れる。隙を見せた僕の腹部に散々弾いていた"疾風衝エアスラスト"が突き刺さる! 息が詰まるような感じがして、僕は思わず、たじろいだ。


「近距離が剣士の間合で魔術師に不利な間合と言うのはただの常識、通説だ。相手をよく見ろ。可能なら知れ。お前の知っている俺は至近距離で殴り合う事にひるむような男だったか? ……違うだろ? 如何いかなる時も、冷静に敵の実力をはかれるようになれ。それだけで、お前の格は一つ上がるぞ」


*


 助言。講義。また、講義か……


 このままでは何時までも何処までも、この男は先生面するだろう。

 だから、一刻も早く、思い知らせてやらなければならない。

 僕にお前は必要ない、と。


 お前という存在は、僕には不要だと──!


「…………」


 僕は、一歩、後ろに下がる。

 いや、一歩ではない。もっと、もっと下がるんだ……


 いみじくも、彼が僕に教えてくれたではないか。

 「お前が勝つには最初の一発目で俺を両断しなければならなかった」──と。

 だから、その教えに忠実に則ってやろうではないか。


 ──それこそ恩返し、というものだろう? !


 ……僕はわらった。暗く、嗤っていたと思う。

 次の一撃には確実に、僕の殺意が乗る。


「……ほう」


 そして、僕は大きく距離を取った。

 次に繰り出す技は突進力を武器とする。距離感をあやまらないのは大前提だ。


 ──加速の終了、最高速での一撃。


 剣は真横、剣の平が天を向くよう、水平に。さらに剣は体に固定できるよう、腕は

折り畳んで体に密着させるように構える。

 腕振りは不要だ。むしろ威力を殺して駄目にする。突き刺しと押し込みを行うのはあしだ。脚力こそ、この技を必殺に昇華するかなめである。


「──自殺じさつわざか」


 ジュリアスはそう看破かんぱして、僕は答えの代わりに小さく笑った。

 当たらずとも遠からず。確かにこの技は相手が剣士なら刺し違えて殺す技となる。

 敵に対しても自分に対しても勝敗はどうあれ、どちらかに確実な死が待っている。


 ──そう、

 せめてもの手向たむけに教えておこう、この技の名は"早贄はやにえ"といった──!





*





 ──決着は一瞬で着いた。というより、この技の決着は一瞬でしか有り得ない。

 ……勝算は、実はあった。


 こういう時、ジュリアスは真っ向から打ち破る事を選択する。即ち、上に跳ぶ事も横に避ける事も出来ないがあった。そして彼には自分で言った通り、攻撃手段が二通りしかない。


 そのうち、"疾風衝エアスラスト"では突進をはばめるほどの威力は無く、必然的に僕を迎撃するには"風の痛打ウインドブラスト"でなければ不可能だった。


 ──事実、彼は"風の痛打ウインドブラスト"を選択した。目論見もくろみ通りだった。


 "風の痛打ウインドブラスト"は至近距離でなくば威力を発揮できない。"風の痛打ウインドブラスト"が剣を弾こうとしても、完全にれる前に高速の刺突は体の何処かに刺さるだろう。刺さればたちまち貫通し、即死でなくとも深手を負う。そういう目算だった。


 しかし、倒れているのは僕だけだ。彼は無傷で、僕を見下ろしている。


「……これは、お前が求めた正しい解法だったか?」


 剣先が接触する直前、高速移動でせばまった僕の視界からジュリアスが消えた。

 上でも横でもないとすれば、下だ。上半身への突進に対し、彼は姿勢を低くしての

体当たり──で、剣の下をくぐった。


 しかし、そのままならジュリアスの顔面に僕の膝が衝突しただろう。

 だが、彼は手を伸ばしながら体当たりを敢行かんこうしたのだ。


 自然、僕の膝と彼の顔面が触れる前に、彼の手が僕の鳩尾みぞおちに突き刺さる。

 触れてしまえば、それで終わりだ。


 ──勝負の決着は一瞬。これがその真相である。

 僕の体は"風の痛打ウインドブラスト"で面白いように吹き飛んで、気が付けばひっくり返って倒れていた……という訳だ。


「僕は、ジュリアスなら不恰好な選択をしないとたかくくっていたかもしれない」


「……勝ち負けよりも大事な事がある、と格好つけて言い訳が出来るように、か? 俺は好きだけどな、そういう理屈も」


 ジュリアスは、いつもそうだ……

 その言動から傍若無人ぼうじゃくぶじんな印象があるのに、相手の言い分は基本的に否定しない。

 それ故に何処か上から目線で、人によっては見下されていると感じてしまう。


 ……周囲には敵が多かった、と彼は僕達に語っていた。笑いながら、だ。


 過去をそのように語るジュリアスから察するに、周囲の人物らは彼の眼中になかったのだろう。それは、彼の中に存在しないのと同義だ。だから彼には、敵が多かったのではないだろうか……


「勝ちたかったな……」

何時いつかは、勝てるさ。此処にいる俺は、


 考えてみれば、今のこの状況。体に痛みも損傷も無いのに、僕は寝たきりで少しも動けなかった。もう、これは──そうか……覚醒が近いのだ、覚醒が……


 僕はもう目覚める……


 戻る……戻るんだ……自分であって自分でないから……本来の自分──




<本編へ>

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