第4話 初のレースへ

 それから1ヶ月後のレースに俺はディアドラを連れて参加する。


「いよいよだな」


 レース会場へ来た俺は周りを見渡す。


 出場者は誰もかれも真剣な表情でレースの開始を待っている。

 レースで勝利を重ねることがオランデムス記念への出場にも繋がるのだから、皆が真剣になるのは当然だろう。


「お、あれってカシュノア家の落ちこぼれマナリークじゃないか?」


 俺を見つけた出場者のひとりがそんな声を上げる。


「おい、お前みたいな落ちこぼれがなにしに来たんだ? まさかこのレースに参加とか冗談はやめてくれよな?」

「そのまさかだが?」

「遊びじゃねーんだ。お前みたいなカスが来るところじゃねぇ。とっとと帰んな」

「優勝のトロフィーを受け取ったら帰るさ」

「優勝だって? おい聞いたかみんなっ! 落ちこぼれのマナリーク君がこのレースで優勝するらしいぞっ! 最低人気のこいつがさっ!」


 それを聞いて会場から笑いが起こる。


 出場18頭の中で人気は最低。

 単勝で金貨1枚を俺に賭けて勝てば、それが100枚になって返ってくるほどだ。


「弟のほうだったら全財産を賭けてもよかったんだけどなー」

「1枚だけ賭けてみるか? 勝てば100倍になるぜ」

「よせよせ。落ちこぼれ兄貴に賭けるなんて金を川へ投げ捨てるようなもんだぜ」


 そんな声が観客席の最前列から聞こえる。


 気にはしない。

 勝てば消える雑音だ。


 やれるだけのことはやった。ディアドラの調子も良い。

 あとは勝つだけだが……不安はあった。


 ディアドラは競争の才能が有り、名馬だとは思う。

 しかし性格はのんびりしていて走るのがあまり好きではないため、いざレースとなったら走ってくれないのではないか?


 そんな懸念はあるも、ここまできたらディアドラを信用するしかない。


 18頭の馬が横に並び、スタートの合図を待つ。


 走り出せばディアドラは前へ行きたがるはず。

 中盤までは先頭集団に混じって走るのがいいか。


 作戦を決め、やがてスタートの旗が振られる。


 しかし走り出してみれば俺の不安も、考えていた作戦もすべて無意味だった。


 最高の出足で走り出したディアドラは先頭へ出て後方を大きく突き放す。

 レース中盤から終盤。その差は縮まるどころかますます広がり、俺の乗るディアドラはそのままゴールを駆け抜けた。


 その瞬間、会場はシンと静まり返る。そして、


「うおおおっ! すげえっ!」

「圧倒的じゃねぇかっ!」

「なんだあの馬っ! いや、あんなすげー馬を乗りこなしてるマナリークもすげえけどさっ!」

「誰だよあいつを落ちこぼれだなんて言ったのはっ! あーっ! 1枚でも賭けときゃよかったぜっ!」


 観客席から盛大に歓声が沸く。


 それに手を上げて答える俺だが、正直、想像以上の結果に自分自身でも驚いていてほとんど放心状態であった。


 まさかここまで走ってくれるとは。


 スタート前の不安など無意味だったと思い知らされた。


「ありがとうな。ディアドラ」


 感謝の気持ちを込めて俺はディアドラの首をさする。


「……スピララがちゃんと走れって」

「えっ?」

「だから俺、ちゃんと走った。ちゃんと走らなきゃダメだって。ああこれ、言っちゃダメなんだったかな? まあいいか」


 ひとりごとのように囁かれたディアドラの言葉。

 俺はそれを聞いてフッと微笑んだ。



 ……レース場から出て、ディアドラを休ませつつバナナを与えていると、


「おい落ちこぼれ」


 レース前に散々と俺を馬鹿にしていた騎手が声をかけてきた。


「調子に乗るなよ。あんなのはまぐれだ。もう1回やれば……」

「もう1回やればまたあなたが負けるでしょうね」


 と、そこへ婦人用の帽子を深く被った少女が現れ、俺の前に立っている騎手へ言う。


「あれだけ離されてまぐれだなんて、負け惜しみに無理があるんじゃない?」

「な、なんだとこのガキっ! 生意気なこと言いやがってっ!」


 少女へ手が伸びる。

 その手を俺は掴んだ。


「もういいだろう。俺の勝ちがまぐれだって言うなら、次のレースで証明すればいい。それともこの子に乱暴をしてレースに出れなくなりたいか?」

「お、俺は別に乱暴する気なんか……ちっ」


 舌打ちして騎手の男は去って行く。


「ふん。わざわざ負け惜しみを言いに来るなんてみっともない男」

「ミサルナ」


 俺が帽子を取ると、そこには頬を膨らませたミサルナがいた。


「あら? わたしだってわかってた?」

「幼馴染なんだ。声でわかるよ」

「ふふふ。そうだね」


 嬉しそうに笑うミサルナへ俺は帽子を返す。


「レース見ててくれたのか?」

「ええ。すごいじゃない。ちゃんと乗馬できてたし、しかも圧倒的な大差で勝っちゃうなんて」

「乗馬はもともとできてたさ。ただ、レースに出るならこいつに乗ってって決めてたからな。それにすごいのは俺じゃなくてこいつ、ディアドラだよ」


 バナナを食べているディアドラの身体を撫でる。


「でも、乗りこなすマナリークもすごいよ」

「そ、そうかな」


 競走馬だった記憶から、どう騎乗すれば馬が気持ち良く走ってくれるのかはなんとなくわかる。騎手としての技術にはまだ不満はあるが、ディアドラを不快にさせるような乗り方はしていなかったと思う。


「他の騎手は鞭を使って必死に追いかけてたのに、マナリークは鞭なんか使わなくても余裕だったもんね。ほんとすごい」

「ははは……」


 一応、鞭を持ってはいたが、使うつもりはそもそもなかった。

 叩かれたときの痛みを知っているから……。


「お尻どうかしたの?」

「あ、いや……」


 思わず自分の尻をさすってしまった。


 まあたぶん、俺が鞭を使うことはないだろう。

 そんなことをしなくてもディアドラはちゃんと走ってくれると信じていた。


「これならオランデムス記念でも優勝できるね」

「そのつもりだよ」

「ゆ、優勝したら……その」

「ああ、わかってる」

「わ、わかってるって……?」

「優勝者がミサルナ姫と婚約ってのは無しにしてもらうからな」

「なにもわかってないっ! バカっ!」


 フンとそっぽを向くミサルナ。


「えっ? な、なんで怒るんだよ?」

「知らないっ!」

「あ、う……」


 なんで怒っているんだろう?

 わからない……。


 だからマナリークはざこなんだよ。


 この状況を前にそんなスピララの声が頭に浮かぶのだった。

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