第2話 バナナを買いに町へ行くと……
厩舎にバナナは無い。
「買いに行くか」
仕事をしている厩務員に頼むのも申し訳ない。
俺は荷車を持ってきて町へ出掛けようとする。
「マナリークだけじゃ心配だから、スピララも行ってあげていいけど?」
「えっ? いや別に買い物くらいひとりで……」
「しょーがないなー。ほら、荷車引いてあげるから繋いでちょーだい」
「あ、うん。ありがとう」
と、スピララが買い出しについて来るのはいつものことだ。
言っていることがわからないときは俺に懐いているからついて来たいんだなと考えていたが、まさか心配をされていたとは。ちょっと情けない心地だ。
まあいいかとマナリークは荷車をスピララに繋いで出発する。
「お前もバナナ食べたいのか?」
「くれるならもらってあげてもいいよ」
「素直じゃないな」
荷車を引いてトコトコ歩くスピララの頭を撫でる。
馬と会話をできるなんてすごいことなのに、あんまり不思議な感じがしないのは馬だった頃の記憶があるからだろうか。
町へやって来た俺は商店へ行って桶いっぱいのバナナを買う。
だいぶ出費だが、これでディアドラに乗せてもらえるなら安いものだろう。
「さて帰るか」
急いで帰ろうとするマナリークだが、
「おお、あれはカシュノア家の落ちこぼれマナリークじゃないか?」
誰かが自分を侮蔑する声にそちらを向く。
俺と同い年くらいの貴族連中だ。
乗馬すらできないカシュノア家の落ちこぼれ。
それは貴族のあいだじゃ有名なことで、町へ来れば俺はいつもこうやって馬鹿にされていた。
「弟は何度もレースで優勝してる優秀な騎手だってのに、兄貴は乗馬すらできないなんてよぉ。神様は不平等だよなぁ。ひゃひゃひゃっ」
「子馬と一緒におつかいは楽しいかよー。落ちこぼれくぅーん。うひゃひゃ」
「……」
不愉快な連中だ。
「なにあいつらっ! むかつくっ!」
鼻息荒くスピララがいななく。
俺のために怒ってくれるなんて、口は悪いけどやっぱりいい子かも。
「マナリークをざこ扱いしていいのはスピララだけなのにっ!」
いや、やっぱりそんなことないかな。
「噛みついてやるんだからっ!」
「だ、だめだよ。いいから行こう」
「だってむかつくーっ!」
必死にスピララを押さえて落ち着かせる。
そのあいだも連中は俺を侮蔑してくるが、今にも襲い掛かっていきそうなスピララを宥めるのに必死で不愉快に思う暇も無かった。
と、そこへ豪奢ば馬車が止まる。
「ちょっとあなたたちっ!」
その馬車から飛び降りてきた長い金髪の小柄な美しい少女が、俺を侮蔑する貴族連中へ指を差す。
「公衆の面前で他者を侮蔑して恥をかかせるなんて、紳士のすることじゃないっ! 彼に謝りなさいっ!」
少女にそう言われた貴族連中は目を見開いて退く。
「ミ、ミサルナ姫っ!」
少女の名はミサルナ。
この国の王女で俺より5つ下のまだ年若い少女だ。とても気が強く正義漢が強い。
「さあ早く謝りなさいっ!」
「あ……えっと、その……す、すいませんでしたーっ!」
謝罪の言葉を叫んだ貴族連中は慌てた様子で逃げて行く。
姫様相手じゃあの連中も謝って逃げるしかないか。
苦笑する俺へ、ミサルナ姫はキッと鋭い視線を向けてくる。
「マナリークっ!」
「あ、うん」
今度は俺か。
父親が国王に気に入られているせいか、俺は子供のころからミサルナとは親交があった。所謂、幼馴染である。
「あんなことを言われて悔しくないのっ? なにか言い返したらいいのにっ!」
「言い返そうにも事実だしね」
下手に言い返せばますます悪く言われそうだ。
「情けないっ! だったらレースでたくさん勝って見返してみなさいっ!」
「そのつもりだよ」
「そ、そう……」
ミサルナは黙り込む。
なにか言いたげなので、俺はその場から動けず立ち尽くす。
「あの……半年後に開催されるオランデムス記念は知っているよね?」
「うん」
「そのレースでの優勝者は私と婚約できるって……」
オランデムス記念での優勝者をミサルナ姫の婿とする。
そう国王が宣言したことで、国中の騎手は優勝して姫の婿になろうと必死なのだ。
「父上も勝手よねっ! 私の許可なくそんな大事なこと決めちゃうなんてっ!」
「嫌なの?」
「当たり前っ!」
まあそれもそうか。
「けどオランデムス記念には国内有数の騎手が、名馬を引き連れて参加するんだ。それの優勝者と言ったら国家の英雄みたいなものだぞ?」
「そんなの関係無いっ! 嫌なものは嫌なのっ! け、けど……」
俯いたミサルナが上目づかいで俺を見上げる。
「マナリークが優勝できたら……そんなに嫌じゃ、ないかも」
「ああ。俺が優勝できたら姫との婚約は無しでってことにしてあげるよ」
「えっ? んーっ! むーっ!」
「いたぁーいっ!?」
ミサルナが俺の足をギュッと踏む。
「マナリークの馬鹿っ!」
そう叫んでミサルナは馬車へと飛び乗って行ってしまう。
「な、なんなんだよ?」
すっかり落ち着いているスピララに視線を向ける。
「だからマナリークはざこなの」
「ええ……」
どういうことなのかわけがわからなかった。
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