競走馬の俺が異世界で貴族に転生。メスガキ牝馬にざこ扱いされつつ最高の騎手を目指す
渡 歩駆
第1話 俺の前世は競走馬
「俺の前世は競走馬だった」
屋敷の外にある競走馬のトレーニング場で落馬して頭を打った俺の頭に、かつて競走馬だったころの記憶が蘇る。
「俺は……貴族のマナリーク・カシュノアだ。けど、馬……競走馬だった?」
自分に起こった衝撃的な出来事に放心していると、馬に乗った何者かが近付いて来た。
「はははっ。今だ馬に乗ることすらできないのか、情けないなマナリーク」
弟のカルナタだ。
カルナタは俺より2つ若い16歳だが優秀な騎手で、何度も競馬の大会を優勝している。対して兄の俺は競馬どころか馬に乗ることさえできずにいた。
「落ちこぼれの愚かな兄だ。僕の兄弟とは思えないねまったく」
嘲笑いながらカルナタは俺から離れて行く。
そんな弟の嘲りなどほとんど耳へは入らず、俺は自分に起こった奇怪な出来事を考えていた。
俺は競走馬だった。ただしそんなに優秀ではなく、2着や3着の多いいまいち勝てない微妙な競走馬。
しかしこの記憶は使える。
競走馬だったころの記憶を生かせば上手に馬を乗りこなすことができるかも。
この世界では争いのすべてが競馬で決められる。
ゆえに上手に馬を乗りこなす騎手は国家に重宝されるのだ。
俺も立派な騎手を目指している。
まずは半年後に開催される国中の強豪馬や名騎手が集うレースに出場できるようにがんばろう。
1年に1度、行われるオランデムス記念と呼ばれるそのレースは、我がトウマローナ王国の初代国王の名を冠した競馬の大会だ。与えられたトロフィーに優勝者が願いを言えば叶うと言われているが、それはただの伝説であり願いが叶ったという話は無い。
ともかく、国王も観覧へ訪れるその大会で優勝し、優秀な騎手と認められれば自分を落ちこぼれと蔑む両親や弟を見返せるはずだ。
「オランデムス記念に出場するにはまず他のレースで優勝する必要がある」
当たり前だが、そうするには愛馬に騎乗できなければ話にならない。
意気込みを新たにした俺は側に立っている愛馬のディアドラへと騎乗するため、鞍に手をかけて背に跨るが、
「うわっ!?」
暴れるディアドラにあっさり振り落とされてしまう。
ディアドラは大柄でパワーがあり、しっかりとトレーニングをすれば必ず名馬になれるはず。しかし今だに乗ることさえできない。
馬の世話など普通は厩務員に任せるものだが、馬が好きな俺は自分の愛馬であるディアドラを子馬のころから世話をしている。
世界のどこへ行っても馬は家族や友達として大切に扱われているが、自分はとりわけて馬が好きだと自負していた。
だからというわけでもないが、嫌われているわけではないと思う。
ただ、どうもこいつは人を背に乗せるのを嫌がるようなのだ。
「どうしたら乗せてもらえるかなぁ?」
と、芝生の上に座って考える俺の側へ小さな栗毛の牝馬が歩いて来る。
この馬の名はスピララ。
ディアドラの妹で、この子も生まれたときから俺が世話をしてやっている。
俺が落馬するとこうしてやって来ては嬉しそうにヒンヒン鳴くのだが、その理由はさっぱりわからない。
「お前、俺が落馬して嬉しいのかぁ?」
そう聞くとますます嬉しそうに鳴く。
よくわからない馬である。
「あ、もしかして今の俺ならスピララの言っていることがわかるかも」
そう思いついた俺は意識を集中して、馬だった前世の記憶を深く思い返してみる。
「……ざこ」
スピララの方からそんな声が聞こえた。
「ざーこ。いまだに乗馬もできない落ちこぼれのマナリークぅ」
「うわぁ!?」
めちゃくちゃ俺を馬鹿にしてる。
世話をしてきた馬からこんな風に思われているなんて正直、落ち込む。
「あ、あれ? なんかすんごい落ち込んでる? もしかしてスピララの言ってることがわかっちゃってるとか?」
「ま、まあ、うん」
「そうなんだ」
と、スピララは俺の耳元に口を近づけ、
「ざぁこ」
そう呟いてきた。
「な、なんだよもうっ」
「だっていまだにおにいちゃんに乗馬すらできないんだもん。かっこわるー」
「いやまあ……そうだね」
乗って走らすどころか乗馬すらできない。
これは実際、格好悪いと思う。
「もうおにいちゃんに乗るのは諦めてその……ス、スピララにお願いしたらいいんじゃないかな? どうしてもって言うなら考えてあげなくもないし」
「スピララにお願いって?」
「わからないの? もうっ、だからマナリークはざこなんだよー」
「そ、そうなのか」
フンフンと鼻息を荒くしてスピララは怒っているようだが、俺には理由がわからなかった。
「……った」
「えっ?」
誰かがなにか言ったような気がする。
声が聞こえたほうを向くと、ディアドラがじっと俺を見下ろしていた。
「腹減った」
「お、お前か」
たいして動かないのに食欲だけは旺盛な奴だ。
「スピララもお腹が減ったから、なにか食べてあげてもいいよ」
「わかったわかった」
厩舎へ戻った俺は飼葉の入った桶を2つ持ってきてディアドラとスピララの前へと置く。
「なんだ飼葉なの? もっといいものちょうだいよね」
そう文句を言いながらもモリモリ食べるスピララ。
一方、腹が減ったと言っていたディアドラは飼葉の桶に口をつけようともしない。
「あれ? 食べないのか?」
「……」
ディアドラはスピララと違って口数が少なく、あんまりしゃべらないようだ。
「おにいちゃんはバナナが食べたいんでしょ? 好物だし」
「うん」
スピララの言葉にディアドラは頷く。
「バ、バナナ?」
贅沢な奴だ。
しかしこれはディアドラに乗馬させてもらうのに使えるかもしれない。
「バナナを食べさせてやる代わりに、俺を乗せてトレーニングするんだ。いいか?」
「……」
反応が無い。
スピララの言葉には答えるし、もしかして俺ってディアドラに嫌われてる?
「おにいちゃんアホだからマナリークの言ってることわからないんじゃない?」
「ア、アホ?」
妹にそう言われてもディアドラは怒る様子も無くぬぼーっとしている。
しかし言われてみれば馬が人間の言葉を理解できるわけがない。俺が前世の記憶で馬の言っていることを理解できても、馬が人の言葉をわかるはずはない。のだが、
「そう。おにいちゃんはアホなの。アホって意味もたぶんわかんないよ」
こいつは俺の言葉を理解している。
もしかして特別すごくかしこいのかも。
「あ、じゃあスピララ、俺の言ったことをディアドラに伝えてくれるか? バナナを食べさせてやる代わりに、俺を乗せてトレーニングしてくれって」
「えーどうしようかなー?」
目を輝かせたスピララは、嬉しそうにフンフン鼻を鳴らして俺の周囲をぐるぐると歩き回り出す。
「どうしてもって言うならお願い聞いてあげてもいいけどー?」
「た、頼むよスピララ」
「しょーがないなー。ねーおにいちゃん、バナナあげる代わりにマナリークを背中に乗せてトレーニングしてほしいんだって」
そうスピララが伝えると、ディアドラはため息のように鼻息を出す。
「……バナナほしい。わかった」
「そ、そうかっ! ありがとうディアドラっ!」
俺の持ち掛けた取り引きに応じてくれたディアドラに礼を言う。
「お前もな。ありがとうスピララ」
「んふふ。いっぱい感謝してよね。マナリークはざこだからスピララがいないとなにもできないんだから」
「その雑魚ってのはやめてくれよ」
「ならざこじゃなくなることだね。今のマナリークはぜんぜんざこざこだもん」
「う、うーん……」
確かに今の自分はざこざこだ。
けれどいつかは立派な騎手となる。
前世の記憶が蘇ったことでそのきっかけをつかんだような、そんな気がして俺はやる気に満ちていた。
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お読みいただきありがとうございます。
こちらは短編作品となります。
ご好評をいただければ長編化しようと思います。
☆、♡をいただけたら嬉しいです。
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