咲き誇る美少女は二人だけの秘密の場所で待ち合わせを

ドンカラス

第1話 闇夜の一戦

東雲しののめヒガンは、静かな夜に煙草を吸っていた。


煙は彼の突出した喉仏を通り、心を落ち着かせる。それは、自分だけの静かな時間を持ち、心を整えるための時間だった。


彼の周りは、静かな夜の暗闇に包まれていた。ただ、煙草の煙だけが、彼の存在を示していた。


東雲はぼんやりと窓の外を眺めていた。


彼の部屋に月光が差し込み、静かな風が窓を叩いている。

しばらくして、彼は煙草を灰皿に押し当て、椅子から立ち上がった。ゆっくりと窓を開け、外の風景をもう一度眺めた。


そして彼はひとり静かに、外の風景を眺める中で、自分の思いに耽っていた。


暗黒の世界を見下ろす高層ビルの上から、鉄塔がそびえ立つ。遥か下方に広がる都市の光景は、人々が希薄な人間関係を築いていることを物語っている。個性が確立し、それぞれが自己表現を追求する世界である。


この世界、ブルダンスは熾烈な経済競争が繰り広げられていた。過酷を極める情勢の中で一風変わった島国があり、名はノーストンといった。国が進みたい方向へ民を単一化し、均一化するのが世の習いであったが、ノーストンは多様性と個性が尊重した。


東雲が住んでいる高層マンションはノーストンの中心都市、その学園区域に建築された。校舎、と呼ばれるものはなく、その区域全体が学校としての機能を果たしていた。学園特区として設けられた区域ダンドルベルケン。通う学生たちは、各自が異なる能力や特殊な力を持っており、それを磨くことが求められる。生徒らは自身の能力を発揮することで、ダンドルベルケンでの学びを深めていく。


ダンドルベルケンの理事長は教育方針として、生徒たちが自分自身の道を見つけ、それを追求することにあるとした。学園は、多彩なクラブ活動や専門コースを用意しており、各個人が自分に合った学び方を模索することができる。


学園生活では、個性が尊重されるため、生徒たちは自由な服装やヘアスタイルを許容される。加えて、個性的な外見や言動は、誰からも受け入れられる。これにより学園は、多様性と個性が確立された学びの場として、多くの生徒たちから支持されている。


自分自身を表現することが最も重要である以上、才能や能力がある者が成功を収めることは当然である。ある種の強迫観念が世論を支配したが、当の学生らは自由気ままに学びを収めていた。


しかし、こうした個性の追求によって生じる争いや混乱が日常化していた。


東雲は3本目の煙草に指をかけた。黒髪で短い髪に、風が当たっている。彼は静かな瞳を持っている。その瞳には、何かを深く考えているかのような、落ち着いた表情が浮かんでいる。彼は背を伸ばし、風に吹かれながら、その気持ち良さそうな感覚を楽しんでいるようだ。同時に、目下に広がる灯りを憂いているようにも見える。彼は目をつむった。ただ、その風とともに自由になりたいかのようだ。


息を深く吸い込んで、現実逃避から抜け出した。目の前をなぞるように手を動かすと、空中に液晶が浮かびだした。光の粒が美しい点模様を背景に、画面には情報が羅列されていく。彼は仕事の依頼を探していた。


指先で画面をスクロールする内に、1つの案件が彼の目を釘付けにした。


「急募:魔法戦闘の経験ある者求む」


内容はダンドルベルケンの南東、港街にて不審者の素性調査の依頼だった。投稿者の説明によると、既に2度の接触は果たしたが、いずれも失敗に終わった。声をかけたそばから炎魔法の攻撃にあい、調査員が黒焦げになったそうだ。


東雲は得体の知れない事件に煩わしさと好奇心を抱いた。


(ただの面倒事か、あるいは、私の希望になってくれるか)


目元には微かな笑みが浮かんでおり、その姿はどこか不敵であった。依頼に承認の意を送ると、画面は淡い光を残して消えた。かすかな笑みがこぼれる。どうやら、彼にとっては面白そうな仕事のようだった。


外套を肩から羽織り、薄暗い部屋を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


少女は闇に紛れるように夜の街をかけ抜けていた。街灯が幻想的な光を放っている。夜の深い時間だが、まだ明かりが消えることはない。少女は足早に進む。どこへ向かっているのか、その意図は誰にも分からない。ただ、彼女の足は止まらず、どこかへと続いていく。


往来にはぽつりぽつりと人が点在していたが、どこか沈んだ面持ちだ。しかし、彼女とすれ違う人たちはその美しさに見とれ、羨望の視線を向けていた。漆黒のロングコートを身に纏い、銀箔金箔、その中間色の光を放つロングヘアーを揺らしながら進んでいく。


少女はやがて人影一つ見当たらない沖合にでた。緩やかに足を止め、貨物コンテナの影に身を置いた。月明かりが海面を照らしている。塩水の匂いとともに、潮の香りが混じっていた。彼女の鼻を通り抜ける風は、静かに、時折、波の音を運んできた。


港の静粛さとは裏腹に、少女は身を固くしていた。海の向こう側の闇が、静かに蠢いているように感じられた。風が吹けば、海面は揺らめき、小さな波紋が広がる。しかし、今日の風は微かで、どこか違和感を抱かせる。不気味な何かが海の底から顔を出したかのような錯覚に襲われた。それは言葉にならない感覚であり、彼女を静かに包み込んだ。


(不審者の目撃情報はこのあたりのはずだけど……)


少女はさっと視線を走らせる。彼女の瞳は深く、太陽に照らされた湖の輝きがあり、澄んでいる。細いまつ毛が目元を美しく引き立て、目尻が微かに上がっている。周辺に怪しい点はないが、何かが隠されているような不気味な気配が漂っている。


かすかな物音すら警戒しながら、少女は貨物コンテナの影から抜け、身体を月明かりの元へさらした。ヒールブーツの高音が響き渡り、その音はどこまでも続いていくかのように思えた。すらりと伸びた足を止め、短く息を吐くと緊張が解けた。


(さすがに不審者も懲りたのかしら)


一応の警戒心は残しつつ、半ば骨折り損といった面持ちで振り返ると、黒いローブをまとった人影があった。それは彼女がつい先ほどまで身を隠していたコンテナの影にあり、暗闇の中でも黒く表れていた。


少女がそれを認めた瞬間、黒ローブの人物から灼熱の炎が燃え盛り、まるで赤い海のように襲い掛かってきた。そして、炎のはじける音が轟き、小さな火花が舞い散る。その一瞬の間、周りの空気が熱く、息苦しく感じらるほどの火力だった。静寂が戻る中で、炎の跡地には焼け焦げた痕跡が残る。少女のロングコートが灰となり、風に乗って流されていく。彼女は跡形もなくその場から消え失せた。


黒ローブの人物は事もなげに前へ進み出る。喜びも悲しみもなく、ただ肉体が動いているだけのように見える。焼け跡のそばまで来ると、風を切る音とともに、ひざから崩れ落ちるように倒れた。肉塊がコンクリートにたたきつけられる耳障りな音を残して、地面に突っ伏した。


血の匂いとともに、黒ローブの人物は目線を後方に向けた。血走っているが、感情の読めない瞳孔には少女の後ろ姿が映っていた。どういうわけか、燃えたのはコートだけだった。彼女の美しい曲線美が際立つように、黒のコルセットで身を包んでいる。コルセットの上には白いフリルのオフショルダーブラウスを着ており、ヒップラインを強調する黒のタイトスカートをはいていた。


血の滴る刀を持ち上げると、一息に血振りをし、刀身からどす黒い血液がふるい落とされた。その一挙動から、彼女が熟達の手練れであることが知れた。地面に赤い跡を残しながら、彼女は獲物へと歩み寄る。


白刃の切っ先をひれ伏している人物の後頭部に向けながら、少女は言った。


「あなたは……何者ですか?」少女は穏やかな口調で、死にかけの人物に問いかけた。


「両足を切断しても、うめき声1つあげない。それだけじゃないわ。感情1つ見当たらない。そういう才能なのかしら?それとも、あなたをそうさせる才能を持った人の仕業かしら」


月明かりに照らされた人物の顔は灰色で、血が通っているようには見えなかった。年は30にも50にも見え、男であることに間違いはない。肌はひび割れ、かすかに聞こえる呼吸の音だけが、この人物が生き物であるという印象を与えた。


男は刃が首に突き刺さるのを厭わず、強引に体を起こした。続いて左手を少女に向けると、掌から球体の炎を弾け飛ばした。一呼吸も置けない間で繰り出された一撃だった。しかし、少女は半歩後ろに下がる動作だけで火球を交わし、同時に刀を右斜め上から振り下ろし、男の左腕を切り落とした。


泥のような血液が絶え間なく噴き出し、少女はその返り血を頭から被った。やけに粘着質な液体が目に入り、袖で拭きとるにも少々手間取った。その間、右腕以外を失ったはずの男が、信じられない速さで逃げだした。その光景はおぞましい獣のようであり、見るものによっては脳裏に焼きつくような恐怖を抱かせるものだった。


少女は獲物の力量を見誤ったことを悟った。後悔よりも先に闘志が湧いて出た。刀に特別な視線を落とし、一目散に獲物へ駆け出していく。


獲物との距離はぐんぐんと離されていく。離れるにつれ、焦りが彼女の心を支配した。足は遅くなり、息切れも激しくなる。獲物はますます遠ざかり、手が届かない苦痛が彼女を襲った。


獲物が港に建てられた倉庫間の路地へそれた。


(まかれる!)


そう確信したが、やれることはなく、瀕死の獣一匹仕留めきれない己の不甲斐なさを痛感した。


悔しさに唇を噛みしめ、路地へ曲がると、ゾっとする光景を目の当たりにした。


手負いの獣、そしてもう一体、同じく黒ローブをまとった獣がいた。しかし、それらはすでに亡き者となっていた。獣たちを中心に血が四方に飛び散っており、肉塊からは赤黒い血潮がチロチロと流れ出ている。


少女と獣を挟んだ向こう側にまた一つ、人影があった。少女は恐る恐る闇の中を覗き見ると、かすかな白煙が立ち昇っていた。

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