第45話 045 追憶1
あの人は、手の綺麗な
その黒髪の少年は街の外れの丘に続く裏道を、
ここから少しの
「はあ、またお前さんかい?」
呆れながらも守衛が通してくれる。
「お前さんだけ、特別だぞ?これが普通だとは思うなよお」
少年は振り返らぬまま手を振り答える。
僅かに息を切らしながら城の裏に辿り着き、秋桜が咲き乱れる裏庭を走り抜け、城の側面から窓に向かって叫ぶ。
「おーい!ギルー!ガーイ!」
裏から城に入り、自ら叫んで遊び相手を指名する。
奇妙な事ではあるが、これが少年に課せられた約束事であった。
少年が叫ぶと窓から一人の女性が顔を出し、少し手を振った後、すぐに顔を引っ込め、やがて城の正面の方から二人の少年が走り寄る。
「待ったか?」
「全然!」
「姉さーん!行ってきまーす!」
銀髪の少年が叫ぶとまた女性が窓から顔を出し、やはり手を振る。にこやかな笑顔で見送るその
もちろん、友達と遊ぶ事が目的ではあるのだが、黒髪の少年にとって彼女のその綺麗な手に振り返すのも、密かな楽しみであった。
3人の少年達は山の裏道を抜け、街の外れに出る。
「今日は何して遊ぶ?」
「英雄ごっこ!」
「またそれですか」
救国の12人。このザルナキアを滅亡から救った英雄達。
黒髪の少年はこの夏、古き英雄の1人と出会い、その英雄譚を直接聞く幸運に恵まれた。それ以来少年は英雄に扮した寸劇ごっこに夢中だったのだ。
ライナスで生まれ育った少年は、その英雄譚はもちろん物心付く前より知ってはいたが、英雄当人から聞かされるそれはやはり格別なものであった。
「おれ、グレインやりたい!」
黒髪の少年はライナス公爵家出身の八英雄、戦士のグレインに酷く執心していた。
「ははっ、またザナ奪還戦か?」
「ではギル様がファシウス様で、私がハルディンを」
「なんかいつも悪役やらせて悪いなあ」
「構いません、ハルディンも悪くない」
ハルディンとは王都奪還時にザナを防衛した敵国マルデュクの英雄だ。本国に見捨てられ、孤軍奮闘した悲劇の敵役である。
3人の英雄ごっこは大抵の場合、銀髪の少年ギルの従者であるガイが自然と悪役を演じる事となる。グレインが活躍するのもあるが、敵役とは言えハルディンにも華があるがため、黒髪の少年も気を遣って奪還戦を好むのだ。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!私がグレインだ!」
英雄譚の紙芝居を飽きるほど見てるため、皆当然のように台詞を覚えている。
少年は真っ先に敵陣に斬り込む槍騎士バーセルではなく、強大な魔力で敵を打ち倒す
「おお、我らがマルデュクよ!不毛の大地に燃え咲く花よ!」
幾度となく繰り返してきた、ハルディンが倒れて終わるこの英雄劇を今日も演じ切る。
「んじゃ、またな!」
「また!」
城の二人の平日の日課は多く、1
黒髪の少年は町外れの裏道を駆け、市場の大通りを横切りその先の、己の家の扉を開ける。
「ただいま!」
「おう」
少年の帰着の挨拶に、父が簡潔に応える。
トントントン、トントン
タンタン、タンタン、タン
母が居ないため、家では少年が食事の支度をする。
靴職人である父の木槌の音と、まな板を包丁で叩く音がこだまする。
「頂きます」
「いただきます」
「…今日もギル様とか?」
「うん」
「そうか」
夕食時、父はいつもそう問いかけ、それ以上の詮索はしない。
だがそこには『粗相の無いよう』との
少年の歳でも"身分"というものは十分に理解している。
いずれ長じて、いつかギルに敬語で接し始める瞬間が訪れる事も理解している。
男手一つで育ててくれている父を尊敬してはいるが、その毎晩の、友達が友達で無くなる事を思い出させる確認の儀式を少年は
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
残った家事を終え、親子は寝床に就く。
そして黒髪の少年は眠る。
英雄への憧れと、いつか友が友で無くなる事への漠然とした不安と、古城の窓で手を振るあの
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