第5話 無限の迷宮005 プロローグ5


 あれから二週間、俺達はザナ海峡を抜けた南の先、マイス島への船に乗っていた。


 甲板では新メンバーのカルがリナをからかっている。二人の歳はそう離れてないがソリが合わないのか、いつも二人でさえずっている。舳先へさきの方でギルとガイが海原の先を見つめている。

 既に潮風が肌寒い季節だが雲一つ無い空の陽が、なんとか甲板に上がるのを許してくれる。船内に居ると鬱々うつうつとしてくるため、比較的日差しが強い貴重なこの時間は皆上に出たがるのだろう。


 俺達はメンバーを失った。


 "初めての迷宮"は失敗したのだ───。



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 影の悪魔シャドウデーモン。迷宮深部に潜む高位の魔神。


 突如として地下一階エントランスに現れた魔神それを認識した俺達は、後衛を守るべくその射線に入ろうとするも足がもたつき上手く動けなかった。

 ジェストは両膝を突いて今にも倒れそうに揺らいでいる。リナは腰を抜かしてる。レノスは壁に寄りかかり無言で祈っている。書記官は白目をき小刻みに震えながら泡を吹いている。既に気絶してるようだ。

 ゼス達常駐組が俺達をかばうよう位置取るが、それも、立っているのがやっとだった。


 実に単純な話だ。

 単純に、でかい。


 東方の任務でゾウと呼ばれる巨大生物を目の当たりにした事がある。その数倍はあるだろうか。人間などその巨大な体躯たいくでられるだけで致命的なダメージを負うだろう。

 "でかい奴は強い"、子供でも理解出来るこの単純な理屈は冒険者にとって肌身をもって知る経験則でもある。コボルドなどの比較的小さい亜人種デミヒューマンは駆け出し冒険者の格好の練習相手である一方、人と同程度のオークなどはやや手強くなる。

 途方もない質量は、それだけで凶悪な武器なのだ。

 でかさだけではない。影の悪魔やつが一度高位呪文を唱えれば…エントランスは極炎に包まれる地獄の釜となり、俺達は一人残らず消し炭となるだろう。

 中級以下の冒険者を歯牙にもかけぬ、その気になれば10秒でこの場の者を皆殺しに出来得できうる力を持った深層の魔神。それがエントランスに現れるという異常な状況に、皆混乱し、おののかざるを得なかった。


 奴の体表に有る無数の眼がぎらめき、めつける。


 ───何か探してるのか?


 影の悪魔はそんな奇妙な動きの後に数秒止まり、それからゆっくりと縮み…エントランスの柱の闇の、その片隅に消えていった。


「なんだってんだ」


 最初に沈黙を破ったのはゼスだった。豪放磊落ごうほうらいらくな、ゼスのその肩は震えている。常駐組のもう一人の戦士が前のめりに倒れるが、なんとか両手で地面を受け止める。相当無理していたのだろう。


 俺は───片膝を突いていた。





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挿絵→https://kakuyomu.jp/users/nanao77/news/16817330655056921330


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