竹刀の音 3

 彩夏に、また来ると約束したのだ。更衣室を出た私は、ちょうどロビーに出てきた義友のところに向かう。

「あの、高須さん」

話しかける。

「今日はありがとうございました。稽古を見学させていただいて」

 義友に頭を下げる。

「ああ、こっちも来てくれてありがとう。うちの子供たち、どうだったよ?」

「みんな、頑張り屋さんですね。すごかったです」

 特に爽太、みんなの中でひときわ動きがよかった。

「だろう、うちの自慢の子らだ」

「それでなんですが、稽古、また見学してもいいですか?」

 さすがに図々しいだろうか。何の連絡も断りもなくこの場に現れておいて、また来させてほしいなんて。

 そう、ちょっと怖くなったけれど……

「おうおう、何度でも見学していけばいい。次の稽古は金曜日、時間は今日と同じだから」

 義友は、笑って承諾してくれた。

「本当ですか? ありがとうございます」

 まさかあっけなく話が進むとは。

「お客さんがいると、うちの子供たちも稽古に気合いが入るしな」

「爽太も、そんなこと言ってました」

「だよな。颯ともよく話していったらいい。大学の単位、無事取れたらいいな」

 そして義友は体育館の管理人と話でもあるのか、事務室に向かっていく。

 あの人、やけに気前がいい。

 神社の宮司や剣道の師範をしているということもあって、知り合ったばかりの頃は堅苦しくて厳かな人だと思っていた。だが実は陽気な人ということは、すでにわかっている。

 だからって、あそこまで私の言うことをOKしてくれるような人だっただろうか。確かに私は楠神社によく参拝するけれど、この剣道クラブとは縁もゆかりもないのに。

 まあ、いいと言うならば甘えればいいか。

「待たせたな、あかり」

 さらに待っているうちに、私は声をかけられた。

 剣道着姿から私服姿になった爽太が、私に向かってきている。同じタイミングで更衣室から出てきて、帰っていく友達に「じゃあな」と手を振りながら。

 ……さっきは、彩夏と話しているところを無理やり引き離したのだ。

 爽太は、不機嫌になっているだろうか。

「どうしたの? 俺の顔じろじろ見て」

「いや、さっきのこと」

「まさか、気にしてるんだ」

 女子更衣室から、彩夏が出てきた。

 私の姿を見て、手を振ろうとする。だが近くに爽太の姿を見つけると、手の動きがぴくりと止まった。

「彩夏、お疲れ。また今度な」

 爽太が、竹刀袋を持っていないほうの手を振る。

 さっきは彩夏の不調の原因を問い詰めていたのに、仲直りしたみたいだ。

「う、うん。舟入さんも、今日はありがとう。またね」

 彩夏は、改めて手を振ってきた。そのまま外へと向かっていく。私も彼女の背中に向かって手を振った。

「てっきり不機嫌かと思ってた」

 彩夏を見送りながら、私は隣の爽太に言う。

「怒ってほしかった?」

「私、邪魔だったでしょ」

「話の途中で引き離すな、とは思ったけど……いろいろ聞き出そうとしても、あいつはぐらかすばっかだから。それに、あかりに頼んだの俺だし。変に口出しできないよ」

 本当に、彩夏のことは私に任せるつもりなのだろう。

「私、堂場さんとはちょっと仲良くなったよ。また見学に来るって言ったら、ちょっと嬉しそうにしていた」

「そうなの? よかった。あかりって意外とコミュ力あるよな。あいつとすぐ仲良くなるなんて」

「あの子、煉瓦珈琲に憧れているみたいだから」

「うそ? 初めて知った。しゃれたカフェとか興味ないと思ってたのに」

 爽太が、顔を引きつらせる。

「なんでびっくりしてるの? 友達の誕生日忘れていたみたいな顔だよ」

「いや、意外だなって思っただけだから。とにかく、彩夏のこと、頼んだよ。悩んでることを聞き出してくれるだけでもいいから」

「しょうがないね」

 それに、彩夏は私が来るのを本当に楽しみにしているみたいだし。

 爽太ならともかく、あんな顔をした子供の期待を裏切る真似はできない。

 そうしているうちに、

「お待たせ、舟入さん」

 子供たちとは別室で着替えていた颯も合流してきた。なぜか視線を横に向けていて、私をまっすぐに見てこない。

「じゃ、バス停行こっか。もうくたくた」

 爽太がとことこ外へと向かっていく。

 ――帰りもバスなんだ。

「行くか……」

 颯、相変わらず顔を引きつらせている。

「兄さんどうしたの? 遅いよ」

 先を行く爽太にも急かされている。

「何でもない」

 そう言うものの、憂鬱そうだ。

「帰りもバスなんですね」

 颯に私は言う。

「高須さんの車に乗せてもらったりしないんですか?」

 あの人の車に同乗させてもらえれば、本当に移動は楽になるのに。

「お世話になっている人に、そこまで甘えられないよ。荷物を積んだり降ろしたりする手間もあるし」

「そんなもんですか」

「ああ」

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