肉体美の使い方~僕たちが高校を卒業できない理由~
神坂 理樹人
第1話 Muscle
その男の背中には鬼が宿っていた。趣味は筋トレ、好きな食べ物はプロテイン、嫌いなものは筋肉痛。頭の中に脳髄の代わりに筋肉が詰まっていると言われたことは数知れないが、
部屋のほとんどは筋トレのためのウェイトやマシンで埋め尽くされていた。総重量は一トンを超え、一度床の補強工事をしてもらったほどだった。
今朝も日課の朝トレを終えて、麗は鏡の前でポーズをとって自分の筋肉の形を確かめる。大きく育った大胸筋、丘のように盛り上がった上腕二頭筋、八個に割れた腹直筋。今日もそのすべてがキレている。
「よし、完璧だ」
満足げに頷くと、汗を流すためにシャワーに向かう。温かい湯を浴び、ごつごつとした体に湯が溜まるのを払う。その肌触りに自分でも
やはり筋肉。筋肉は全てを解決する。
それが麗の座右の
張り裂けそうなほどにキツいワイシャツを着て、ギリギリ足の入るスラックスを履いて制服に着替える。鏡に映った麗の姿はどう好意的に見てもプロレスラーが年末の特番でコスプレをさせられているようにしか見えなかった。
「うむ、特注サイズのはずなのだが、これももう厳しくなってきたな」
高校生活もあと数ヶ月のところまで来ている。できることなら買い直しは避けたいところだったが、日々成長を続ける麗の体は留まるところを知らずに大きくなり続けている。
一五〇キロのバーベルを軽々と持ち上げてラックに戻して部屋を出る。今日の筋肉は機嫌がよいようだった。
麗が筋トレに目覚めたのは小学五年生の時だった。周りより成長が遅かったことと名前のせいでよく女の子と間違われていた。その頃の麗は少しぽっちゃり気味でぷっくり膨らんだ頬に丸々とした瞳。そして笑うと左の頬に大きなえくぼができるのがチャームポイントだった。
両親はもちろん、親戚からも可愛がられて何かにつけてはおやつを与えられていたせいで、同学年の中では背は低くても体重は上から数えた方が早かった。そんな麗が筋肉と出会ったのは伯父に連れられて後楽園ホールにプロレスの試合を見に行ったときだった。
花道の隣で入場するレスラーたちを見たとき、同じ人間とは思えなかった。厚い体にほれぼれするほどの筋肉美が輝いていた。試合が始まるとリングの上で激しい打撃が交差し、肉体が跳び、百キロを超える体を持ち上げてマットに叩きつける。
すべてが麗の知らない世界だった。
翌日からお菓子の代わりに麗が欲しがったのはダンベルだった。最初は百円ショップで買ってもらった五〇〇グラムのものだったが、日に日に重さは増していき、中学に上がる頃には最大百キロのバーベルセットになった。その頃からようやく成長期に入った麗の体は、元々の大食いと憧れを燃料にした徹底的なトレーニングによって作り変えられていき、高校に入る頃にはフィジカルモンスター、そして脳筋として誰にも認められるようになっていた。
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