【KAC20235_お題『筋肉』】筋肉除霊ブートキャンプ

鈴木空論

【KAC20235_お題『筋肉』】筋肉除霊ブートキャンプ

※この小説は KAC2023 のお題を元にした連作短編の第五話です。

 宜しければ第一話からご覧下さい。


 ※ ※ ※ ※ ※




 気が付くと、カクは見覚えのある天井を見上げていた。


「起きたわね」


 すぐ傍で声がする。

 ハッとして起き上がると、ヨミが背後に立っていた。

 カクがいたのはヨミの家だった。

 道路で襲われて気を失ったはずなのに……と思ったが考えるまでも無い。

 またヨミに助けられたのだろう。

 ヨミのさらに後ろには虎のぬいぐるみとカクに襲い掛かったあの白い塊が見えた。

 白い塊は虎の前足で床にがっしり押さえつけられてジタバタともがいている。


「ま、また助けられたんですね……」


 カクは愛想笑いを作って言ったが、ヨミは露骨に不機嫌そうだった。

 不機嫌というか、こめかみに青筋が浮いている。

 本気で怒っている。カクは思わず気圧されてたじろいだ。


「たまたま気付けたから助けられたのよ」


 ヨミは冷ややかに言った。

 まあヨミからすればこの反応は当然だろう。

 相手のことを思ってもう関わるなと散々念を押したにも拘らず、その日の内にその約束を破られたのだから。


「どうしてあんな所にいたのか説明して貰えるかしら」

「いや、約束を忘れたたわけじゃないんです。これを返そうと思って……」


 カクは慌てて御守りを取り出す。

 ヨミは眉を寄せたままそれを睨んだが、やがてポカンと口を開けた。

 どうやら見せられるまで存在をすっかり忘れていたらしい。


「……それを届けるためにわざわざうちに来ようとしたの?」

「ええ。だってこんな不思議な力がある御守りだしきっと大切な物なんでしょう?」

「ごめんなさい。悪いのは私のほうだったわね。その御守りのことすっかり忘れた」


 ヨミは素直に頭を下げた。

 それから御守りを受け取ろうとしたが、その間際にふと思い出したように言った。


「そういえば、念のため確認しておきたいんだけどいいかしら。あいつに何をしたの? あの呪いは本屋の時の奴とは違って特定の相手だけを狙うタイプだから、余程のことをしない限りあなたを襲ったりはしないはずなんだけど」

「そうなんですか?」


 カクは意外に思いながらも、たまたますれ違ったスーツの男の背中にあの白い塊が張り付いていたこと、それを見つめていたらこちらに飛び掛かってきたことをそのまま話した。

 するとヨミの顔がみるみる険しくなる。

 ただし先程とは異なり怒りではなく焦りのようだった。


「どうしたんです?」

「……やっぱりその御守り、あなたが持っていて」

「いいんですか?」

「ええ。少し手間は掛かるけどいくらでも作れる物だから。そんな物よりもあなたの命のほうが大切」

「……え?」

「初めて会ったときから感じていたんだけど、どうもあなたは呪いや悪霊を引き寄せやすい体質のようなの。多分自分が気付かなかっただけで、あの本屋跡での一件の前からも被害を受けたことがあったんじゃないかしら。何か思い当たるようなことは無い?」

「………」


 そう言われて思い返してみると、これまでにも何度か体調が悪い訳でもないのに突然寒気を感じたり気を失ったりしたことがあった。

 自覚が無かっただけで疲れでも溜まっていたのかな、とあまり気にしてはいなかったのだが……。


「それ、どれくらいの頻度で?」

「年に数回くらいですね。だからてっきりそういう体質なのかと……」

「……あなた、よく今まで生きてたわね」


 ヨミはドン引きしていた。

 そこまで酷いのか? とカクは思ったが、よく考えるとそこまで酷いな、と段々自覚が出てきた。

 何しろ今まで自覚は無かったとはいえ呪いやら悪霊やらに一方的に攻撃されていたということなのだから。

 あの本屋の黒い塊のような凶悪な呪いに出くわしていたら訳も分からぬうちに死んでしまっていたに違いない。

 カクはみるみる青ざめた。


「僕、これからどうすればいいんでしょう」


 するとヨミは肩をすくめた。


「安心して。こうなったら私がとことん付き合ってあげる。あなたを一人でも呪いや悪霊にある程度対応できるくらいまで鍛えるわ」

「そんなことができるんですか?」

「ええ」


 ヨミは頷いた。

 思いがけない提案にカクは目を丸くし、そして密かに心が躍るのを感じた。

 自分にもヨミがぬいぐるみでやったような不思議な力が使えるようになるのだろうか。


「具体的にどうすればいいんですか?」


 カクは何か霊的な修行をしたり道具を受け取ったりするのかと思った。

 ところがヨミから返ってきたのは予想外の言葉だった。


「筋肉よ」

「……は?」

「筋肉を鍛えるの。これから毎日、あなたにはみっちり筋トレをして貰う」


 ヨミは腕組みして言った。

 カクは聞き間違いかと思った。


「筋トレ……ですか? ヨミさんみたいにぬいぐるみとかを操る方法を教えてくれるんじゃなくて?」


 カクの問いかけに対してヨミは首を振った。


「それは無理よ。生憎だけどあなたには異形を引き寄せるだけで攻撃の才能は無いもの」

「あ、そうなんですか……」

「そう。だから代わりに、いつ遭遇しても十分動けるようにスタミナと筋力を鍛えるの」

「……それ、意味あるんですか?」


 カクは半信半疑で尋ねた。

 相手は異形なのだ。それに対して筋肉を増やしたところでどうにかなるとは思えない。

 しかしヨミは心外と言いたげな顔をする。


「あるに決まっているでしょう。例えばさっきの白い奴だって、跳び掛かられて捕まる前にあなたが反応して避けることができていたら何の問題も無かったんだから」


 なるほど、とカクは思った。

 何の問題も無かったかはともかく、確かにそれならカクが気絶してヨミに助けて貰うほどの事態にはならなかっただろう。

 そう言われてみるとやってみる価値はあるような気がする。


「わかりました。よろしくお願いします」


 こうしてヨミの指導による筋肉除霊ブートキャンプが幕を開けたのだった。

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