狼とフクロウ

サビイみぎわくろぶっち

1.

 満月の夜更けのことだ。大岩だらけの山の中を、一匹の狼が徘徊していた。

 月の光を受けてぼんやりと浮かび上がる、均整の取れた体躯と艶やかな被毛。

 この若い狼が、この地に生きる動物たちの中で、高い地位に立っていることは間違いないだろう。


 ふと、夜空を見上げると、何かの影がを横切った。フクロウだ。

 真っ直ぐに長く伸びた両の翼は、狼の目にこの上もなく美しいものに映った。

 フクロウは素早い動きで両翼をしならせ、すごみさえ感じさせる優雅な動きで地面の上に降り立った。

 そして、その足で小さな動物を組み伏せようとしているのだが、手こずっているのか、それとも獲物をいたぶって楽しんでいるのか、地面の上にとどまっている。


 狼の耳に、フクロウの足元でじたばたともがいている小動物の悲鳴が聞こえてきた。その動物は、ネズミのようだ。

「助けて!どうか見逃して。恐い、死にたくない。お願い、誰か!」

 それは潰れたような鼻の先と、妙に引きつった目をしたネズミで、もう何匹も子供を産んで、もしかしたら孫もいるかもしれないような、若くもなければ美しくもない雌のネズミだった。

 ネズミはキイキイとわめき続ける。

「助けて!怖い、やめて!」


 狼がその場に立ち止まっていると、フクロウが顔をあげた。

「なんだ。何か用か」

 フクロウは狼と同じくらいか、それよりも若いようだった。肉体と能力が発達の頂点を極める直前の、初々しさと残忍さと美しさが溢れている。

 狼はフクロウに魅せられていた。


「そんなちっぽけなネズミを一匹食ったところで、腹の足しにはなるまい」

「腹が減ってるんだ」

 狼が呼びかけると、フクロウがにべもなく答えた。

 しかし、狼は淡々と語りかける。

「腹が減っているなら仕方がないが、古い竹の中に溜まった水が酒になってる場所がある。今宵のような月の夜は、そのような薄汚い獲物より、そちらのほうがふさわしくないか」

 狼は、ネズミに情けを覚えたのではなかった。ただ、フクロウの羽根がネズミの血で汚れたり、空を飛ぶ時に生じる風を切る音がネズミの醜い悲鳴でかき消されてしまったりすることを、残念に思ったのだ。


 狼の低く響く声に、フクロウがネズミをつつき回すのを止めた。

「酒があるのは本当だろうな」

 フクロウの金色の目に見据えられ、狼はごくりとつばを飲み込んだ。

「嘘であったら、今宵はそなたのしもべになろう」


 これを聞いたフクロウが、嬉し気に狼のすぐそばの枝に飛び移る。

「乗った。あんたのような美しい獣と酒を酌み交わせるとは願ってもない。いい加減、獲物をいたぶっては食うだけの毎日に飽き飽きしていたところだ」


 二匹は歓喜の声をあげながら、連れ立って山の奥へと入っていった。

 月明りの中、若いフクロウと狼の姿を、命を奪われる寸前で逃れたネズミが、気を失いかけながらも目を離さずに見つめ続けた。

 助かって良かったと、月を仰いで涙を流している。

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狼とフクロウ サビイみぎわくろぶっち @sabby

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