第5話

「ナンナ、お願いします!」

「はいはーい」

 サムライ少女レナカの指示とともに、ピンク髪の僧侶ナンナがその場でクルリと一回転する。

「アンコールありがとー! ここから、もっと盛り上げていくからねーっ⁉ みんな、最後までついてきてねーっ⁉」

 そして、可愛らしい身振り手振りとともに、なにかの歌を歌い始めると……。

「あ……」

「わぁー」

 さっきまで満身創痍だったはずのアレサとウィリアが、すっかり回復してしまった。


「あ、貴女たち……どうして……」

 本職の僧侶による回復魔法で、あっという間に楽になったアレサは、立ち上がって周囲の少女たちに話しかけようとする。しかし、その声は遮られる。



 グワァァァァーッ!


 倒したと思ったアレサたちが復活したこと、そして単純に敵の数が増えたことに腹をたてているらしい魔王が、大きな腕を振りかぶって、その場の全員を薙ぎ払うような攻撃をしかけようとしてきたのだ。

 その瞬間に、彼女たちの間に緊張感が走る。


「はっ!」

 すかさず、腰に差した「存在しない刀」に手を添えるレナカ。

「……ふ」

 格闘家スズも、腰を落としていつでも技を発動できるように身構える。

「魔王ごときが、勇者に勝てるとでも思っているのか?」

 オルテイジアがピンク色の刀身の剣を上に掲げ、オーラを溜める。


 前衛だけではない。後衛の二位パーティ魔導師のハルも、なにかの魔法で応戦するような構えをしている。

 完全に、魔王ラスボス戦の第二回戦が始まった、という感じだ。

「ちょ、ちょっと待って、貴女たち⁉ た、助けてくれたのはありがたいけれど……でも、これは私たちの……!」

 その展開が、自分たちが望んだものではないと思ったアレサが、たまらずそんな周囲を止めようとする。


 しかし。

「だ、大丈夫です!」

 そんなアレサに反論したのは、意外な人物……付与術師イアンナだった。


「ワ、ワタシたち、アレサさんたちがやりたいこと……わ、分かってるつもり、ですからっ!」

「え……?」

 全力で叫ぶイアンナ。

 それは、いつか彼女がアレサに戦いを挑んだときのような、勇気を振り絞ってバンジージャンプに飛び込むときの必死さ……だけではない。


 そこには、かつてのように「イヤなことを我慢する」ような後ろ向きの勇気ではなく……自らの強い意志で前に踏み出そうとする、ポジティブな決意があった。


「ア、アレサさんが、ワタシたちのことをちゃんと分かってくれていたように……。ワ、ワタシたちもアレサさんのこと……分かっているつもりですっ! お、同じパーティのときは、まだ完璧じゃなかったかもしれませんけど……。ア、アレサさんの優しさに気づけずに、誤解しちゃってたかもしれませんけど……。で、でも……今は、前よりもずっとアレサさんのこと、分かってるんですからっ!」

「イアンナ……」



 それから彼女は、自分の後ろにいた人物に呼びかけた。

「ミ、ミョルちゃんっ、お願いします!」

 すると、

「みゃ。やっとかめだなも」

 ものすごいスピードで、イアンナの後ろから緑色の影のようなものが飛び出してきた。


 それは、イアンナがアレサたちと戦ったときに、レナカたちとは別に呼んでいた冒険者ランキング三位のダークエルフ呪術師……ミョルミョルだ。

 なぜか彼女は、今はこのニ位パーティのメンバーになっているらしかった。


「でらあぶねーでな。ちいと、大人しくしてちょー」

 まるで瞬間移動のように、次から次へと場所を移動していくミョルミョル。それは、彼女自身のもとからの運動能力の高さもあるが……やはり、それにプラスしてイアンナによるスピードアップの付与術【風】がかけられているのだろう。

 しかも、その数も一つではなく、二つだ。


 かつて格闘家スズがそうだったように、本来なら制御しきれずに暴走してもおかしくないようなその凄まじいスピードを、上手にコントロールしているミョルミョル。床や壁、あるいは天井に移動を繰り返しながら、彼女はいつの間にか魔王の右手に乗っていた。


 そして、

噛腐カミフ・暗殺仕手アンサシネイト……だぎゃ」

 という不気味な言葉とともに、魔王の手に噛み付いた。


 グァッ⁉


 そんな攻撃を受けるのは、初めてだったのだろう。明らかに、驚いて取り乱したような様子を見せる魔王。しかし、すぐさま正気になって、蝿や蚊を追い払うようにミョルミョルを左手で叩こうとする。

 だが、そのときにはすでに彼女は手の上から、元いたイアンナのあたりまで戻ってしまったあとだった。

 

 しかも……。


 グ、グググググ……。

 自分の体の異変に気付いて、うなり声を上げる魔王。呪術師の攻撃は、ただ魔王を噛んだだけの物理攻撃ではなかったようだ。実は、彼女は噛むと同時に呪術を使って、魔王の右手を腐らせていたのだ。


 ラスボスの魔王ともなれば、並の呪術には耐性もある。だが、噛み傷を作ってそこから体内に直接呪術を流し込むことで、その耐性をすり抜けたということらしい。


「ダチカンだーね。魔王、でらこわ過ぎだげな」

「ミ、ミョルちゃん! い、いきなり無理し過ぎです!」

 友だちのように話すイアンナとミョルミョル。ダークエルフの不思議な言葉も、なぜかイアンナには通じているようだ。

「で、でもこれなら……多少の時間稼ぎくらいには……」

 そんなことを言って、イアンナは、右手を動かせなくなったはずの魔王を見る。


 しかし……。



 ガァァァー!


 怒号とともに、魔王は腐ってしまった自分の右手を、自ら引きちぎる。そして、紫色の血液を勢いよく噴き出しているその断面から、あっという間に新しい手を再生してしまうのだった。


「う、うそ……」

「……だもんで言っただわ」


 その常識破りのすさまじさに圧倒されているイアンナと、呆れた様子で首を振るミョルミョル。


 グ、グ、グ……。


 彼女たちの渾身の攻撃を無効化したことに喜び、あざ笑うのようにまた口角を上げる魔王。



 そして……。

「……」

 そんな魔王と、それを取り巻く自分の仲間たちの行動を、未だにどう考えればよいのか分からずに立ち尽くしてしまっているアレサだった。

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