第11話
「つまりエミリ……貴女は、私たちが魔王と戦うのをやめさせたい、ってことなのね?」
十数年の年季を感じさせるボロボロのテーブルから、ゆっくりと眼の前のグラスを持ち上げるアレサ。
彼女の落ち着いた様子とは反対に、隣の席のウィリアはまるでストレス発散で暴飲暴食してる女子みたいに、ケーキやフルーツの山を片っ端から口に放り込んでいる。
ウィリアの王国の人が見たら悲鳴をあげそうな姿だけど……あたしがパーティに参加したときから、彼女は割といつもこんな感じだった。きっと、今までずっと王国で抑圧されていたことへの反発。それに、ウィリアのことになると『世界一愚か』になっちゃうアレサはもちろんとして……お目付け役のはずのオルティもいつも甘やかしまくってたから、もともと適当な性格の彼女が野放しになっちゃってるんだろう。
ま、一応は手づかみとかじゃなく、ナイフとフォークを使ってるし。あたしやアレサの分にまで手を伸ばさないだけ、王女様としての最低限の分別はある……ということにしておこう。
ボロテーブルの上には、以前のループと同じもの――ジュースや紅茶、ケーキとフルーツとファッション誌を用意していた。
今まで百回くらい「今日」を繰り返してるから、あたしはもう余分なリープを使わなくても、ここまですんなり来ることが出来た。特に頭を使わなくても、これまで繰り返してきたループの中で一番長く小屋の中にいれたときと同じ選択肢を選び続けることで、それと同じ展開を再現することが出来ていた。
もちろん。前も言ったとおり、以前と一挙手一投足全く同じ行動、一言一句同じ言葉を繰り返すことなんて出来ない。話す言葉の細かいアクセントとかニュアンス、それ以外にもいろいろと細かい部分だって、前のループとは絶対に変わってしまう。
でも、別に問題ない。行動の大まかな意味というか、根幹部分さえ変わっていなければ
その考えどおり、あたしの姿を見るなり
でも……。
どっちみちこの説得は、成功しない。これまで百回のループで、それもとっくに分かっている。今のこれは、このあとあたしが戦いを挑むための大義名分を作っているだけ。さっきのループでアレサに指摘された「説得もしないで、いきなり戦いを挑むはずがない」という問題点をクリアしようとしているだけ。本当に大事なのは、このあとの戦い(ある意味、第二回戦)のほうなんだから。
話し合いじゃアレサたちの気持ちを変えることは出来ないことを知っているあたしは、正直ちょっとだけ手を抜きながら(もちろん、それがバレない程度には必死な演技で)、アレサたちに説得を続けた。
「エミリ。貴女、私たちの愛の力を見くびり過ぎよ?」
「そうだよー……もぐもぐ。私たち、これまでいろんなモンスター倒してるんだよー? 魔王相手だって、もぐ……よゆーよゆー……がぶっ」
「そっ、か」
さて……そろそろ、いいかな。
「これだけあたしがお願いしても、二人の気持ちは変わんないんだね……」
思いつめた表情で、席を立つ。
そして、ドアに向かって歩き出す。
例の剣は、このボロ小屋の外に隠してある。外に出て、あたしがその剣を装備したら、戦闘開始だ。
前回の戦いの経験がどのくらい通用するかは分からないけど……でも、どっちにしろ今回のアレサたちも、あたしに対して手加減してくれるってことだけは、確実。あたしが危険な目にあわないように気を遣って、敵対しててもピンチのときは助けてくれる。だから、どんな展開になっても、あたしが戦いに負けることはない。二人に剣を当てて『獣化』して無力化して、今度こそ、二人のことを助けるんだ!
「ふふ……」
……おっと。
いよいよ自分の願いが叶いそうな予感に、思わず笑い声だしちゃった?
もう、何やってんだよあたし。さすがにこのタイミングでそんな態度見せちゃったら、アレサたちに怪しまれちゃうでしょ? ここまで完璧に演技してきたんだから、こんなところでそんな凡ミスしてる場合じゃないってば。うーん……どうしよ? 一瞬だけ戻しとこっかなー……って。
「ふふふ……まったく」
え?
そこで、あたしの足が止まる。ありえない事態に頭の回転が止まってしまって、体が動かせなくなってしまう。
だって……その笑い声は、あたしのものじゃなかったから。小屋の出口に向かっていた、あたしの背後から聞こえてきたんだから。
ホラー映画でオバケが出てくる見せ場のシーンみたいに、ゆっくりと首を動かして後ろを振り向く。ギギギ……なんていう錆びた機械の音がしそうなほど、ぎこちない動きになってしまう。
そして、あたしは振り返ったその視線の先に、
「うふふ……エミリが、そんなに演技が上手だなんて思わなかったわ」
相変わらずテーブルの席についたまま、からかうような表情を向けているアレサの姿を見た。
「え、えっとー……ア、アレサ、何を言ってるの? え、演技、とか……い、意味わかんないんだけど?」
何が起こっているのか、理解出来ない…………いや。
正直、あたしはすでに理解出来ていた。予想できてしまっていた。今、何が起こっているのか。これからアレサが、何を言おうとしているのか。
だからこそ、あたしはこんなに恐怖してしまっていたんだから……。
喉を湿らせるためか、彼女は余裕のある様子でまた、眼の前の飲み物に口をつける。それから、あたしが恐れていた通りの言葉を、あっさりと言った。
「エミリ……貴女、時間を戻せるでしょ?」
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