第5話

「ま、まったく……突然そんなおかしなことを言って……。悪いけど私たちには、いつもの貴女の冗談に付き合ってる暇は……」


 そんなことを言いながらアレサは、自分を攻撃しようとするあたしに魔法を使って、「自分の影」を伸ばしてきた。

 その影に私の影が触れてしまったら、呪術の効果で身動きがとれなくなってしまうのは……さっき・・・見たから知ってる。


 だからあたしは横飛びして、伸びてくる影から逃げることができた。

「え……? か、かわされた⁉」

 そして、驚いて間抜けな顔になっているアレサに、更に近づいていく


「わーっ! エミリン、やっるー!」

 反射神経が鬼ヤバいウィリアはすでに背後に回り込んでいて、あたしを抑え込もうとする。でも、何の問題もない。

 っていうか……「何の問題もない」パターンを引くまでリセマラ・・・・した。


「そいやぁっ!」

 あたしは装備していた剣を、すぐ近くにきていたウィリアに向かって水平方向に振る。

 シュッ。

 当然、世界トップクラスの剣士のウィリアには、素人のあたしの攻撃なんて当たるわけもなく、その剣は空振りする。でも……。


「ちょ、ちょ、ちょぉーっ⁉」

 空振りしたはずのあたしの剣から、その剣本体よりも遥かに切れ味が鋭い『真空波ソニックブーム』が飛びだして、ウィリアを攻撃した。それが当たるギリギリのところで自分の剣で防御した彼女だけど、真空波の衝撃までは殺せない。そのままその風に押されるように、ずっと後ろの方に飛ばされていってしまった。


「そ、その剣は……まさか⁉」

 さすがに賢者のアレサはすぐに気づいたみたいだ。でも、あたしは攻撃の手を緩めない。

 明らかに剣の射程距離の外にいるアレサに向かって、もう一度その剣を振る。すると……その細身の片手剣の刃が二車線道路くらいの幅まで広がって、巨人族が使う両手剣くらいにまで『巨大化』して、余裕でアレサの体にヒットした。


「ひ、ひぃぃっ⁉」

 アレサは、また『真空波ソニックブーム』がくることに警戒していたのか、風魔法で防御する準備をしていた。でも、こんな巨大で規格外のサイズの攻撃じゃあ、風圧の壁なんかで対処できるはずがない。彼女もウィリアみたいに、あたしの剣の衝撃でふっとばされてしまった。

 『巨大化』した剣は、気づいたときにはもう元に戻っていた。



「はあ……はあ……はあ……」

 時間にしたら、まだ戦いが始まってから、ほんの十秒くらい? でも、あたしにとっては、すでに一時間近くは戦い続けているような感覚だ。

 だって実際に、ウィリアを攻撃した『真空波ソニックブーム』を引く・・までには49回。アレサにやった『巨大化』には、83回もリセット・・・・してたんだから。



「エ、エミリ! その剣を使うのはやめなさいっ!」

 『巨大化』の剣が当たる前に付与術の【盾】を使っていたらしく、吹き飛ばされたアレサがノーダメージで起き上がる。

「あ、貴女分かっているの⁉ 『神々の悪戯イタズラ』という名前の、その剣の能力……危険性が!」

「えーっ! それがウワサでよく聞く、例の剣ー⁉ エミリン、やめときなよー⁉」

 真空波でふっとばされていたウィリアも、すでにここまで戻ってきている。


「ふふ。もちろん……知ってるよーんっ!」

 今の二人の表情は、明らかに、あたしのことを心配してくれている。そんな彼女たちを見ていると少し心が痛んだけど……でも、あたしは更に追撃した。

 そうしないと、すぐにこの二人に実力を出されて、あたしなんかあっさり身動き取れなくされてしまうから。


 また剣を振る。すると今度は刃から紫色の雲が吹き出して、あたしを含めた周囲一帯を完全に覆い尽くした。『毒霧』だ。

 『真空波』、『巨大化』そして『毒霧』……振るたびに全然違う特殊効果が出てくるけど……その全部が、この剣の能力だ。



 大昔、たくさんの神様たちが集まって、「一本の剣に自分たちの力を入れられるだけ入れてみる」っていう遊びをやった。その結果、合計百種類・・・・・なんていう……規格外の数の特殊効果を持つことになっちゃったのが、この『神々の悪戯』なんだ。

 神様たちが封じ込めた力を引き出すには、剣をひと振りすればいいだけなんだけど……ただし、そのとき出てくる特殊効果は百種類のうちの「どれか一つ」。どれが出るかは完全にランダムで、誰にもコントロールすることは出来ない。


 さすがに神様が与えた力なだけはあって、その剣に宿った百種類の効果は使用者の実力に関係なく対戦相手を圧倒できるくらいに強力。なんだけど……実はその百種類の中には、装備している本人にダメージを与えるものも結構あったりする。

 つまり、この剣の特殊効果を使ったからといって絶対に有利になるとは限らなくて、逆にピンチになる可能性も充分あるような、ある意味ホントの諸刃の剣。というか、まともな人なら絶対に使わないような、ただのギャンブル剣だ(ちなみに、あたしはこれを街のカジノの賞品で手に入れた)。



「ああ! だから、やめなさいって言ってるのにっ!」

 アレサは、あたしがなんの躊躇もなく、また『神々の悪戯』を使ったことにショックを受けて、悲鳴のような声を上げてる。何も知らない彼女にしてみたら、さっきのあたしはたまたま運良く連続で安全な特殊効果を引いただけと思っているわけだから、それも当然だ。


 実際、あたしが今さっき発動した『毒霧』なんて、実はかなりヤバイ「ハズレ効果」だ。

 本当なら、剣をひと振りしたときに飛び出てきた『毒霧』を少しでも吸い込んでしまったら、その時点で体中に毒が回って全身の血がなくなるまで吐血して、最高に苦しい思いをしたあとに、最後には絶命してしまうらしいんだけど……。


「わわわぁーっ⁉」

 自分の武器を放り投げて、ウィリアが目にも止まらないほどの全力の高速移動で、あたしのそばにやってくる。そして、彼女はそのままあたしを抱きかかえて、見渡す限りあたり一面に広がっちゃってた『毒霧』の範囲外まで、あたしを連れて行ってくれた。


 それと同時にアレサも頑張ってくれていて、彼女は彼女で、ものすごい威力の風属性魔法を使って、あっという間にその『毒霧』を上空に吹き飛ばしていた。



 ああ……やっぱりね。

 たとえ、『自爆』や『感電』とかが出て瀕死になったとしても。『毒霧』に覆われて逃げ道がなくなってしまったとしても。

 優しい彼女たちなら、絶対に元パーティメンバーのあたしのことを、見捨てたりしない。今みたいに特殊効果の範囲外に連れて行ってくれたり、魔法で回復させたりして、あたしのことを助けてくれる。

 この剣でどれだけ危険な「ハズレ効果」を引いちゃったとしても、ギリギリ『時間跳躍だる・せーにゃ』するくらいの余裕をあたしに残してくれる。ギャンブル剣のギャンブルに勝つまで、何度でも時間を戻させてくれる。

 だから、あたしは何も心配しないで剣を振り続けることができた。



 アレサたちが優しいからこそ……実力では全然敵わないあたしでも、彼女たちを止めることができる。

 彼女たちに、勝つことができるってわけ。

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