第18話
「ど、どうして……?」
ウィリアが、眼の前にいる。
アレサに敗北し、もはやあわせる顔がないと思っていた自分のもとに、彼女が戻ってきてくれた。
その事実に、オルテイジアは「大逆転の可能性」を期待せずにはいられない。
「私……オルティちゃんに、言わなくちゃいけないことがあるからさ」
「そ、それって……まさか……」
オルテイジアの表情にわずかな微笑みが浮かぶ。暗闇に包まれていた彼女の心に、いやがおうにも希望の光が膨らんでくる。
……しかし。
「ごめんね」
「え……?」
「実はね……オルティちゃんのことをパーティからクビにしようって決めたのは、アレサちゃんじゃなくて、私なの」
ウィリアは少し困ったような表情で可愛らしく首をかしげて、続ける。
「アレサちゃんは、最初はね……『オルテイジアだけはクビにしなくても良いんじゃない?』って言ってくれたの。『あの子はウィリアと長い付き合いだから』って。『ウィリアのことをよく知ってて、友だちみたいに仲良しな彼女をクビにするのはかわいそう』って。……でも、私がそれを断ったの」
「姫、い、いったい何を……」
「だって私……実は、オルティちゃんが私のことを好きでいてくれたの、気づいてたんだもん」
「なっ⁉」
「今日、アレサちゃんがバラしちゃう前から……それよりずっと前から、オルティちゃんの私への気持ち、分かってたんだもん」
「い……い、いやいやいや……」
オルテイジアは、ウィリアの言葉を笑い飛ばそうとする。
「だってオルティちゃん……いつも、私に優しくしてくれてたでしょ? アレサちゃんとか他の子に対してよりも、何倍も私のこと気遣ってくれてたし。いつも、私に対する採点だけ甘々だったし」
「ふ……ウ、ウィリア姫、な、何をバカなことを。王宮騎士の私が、姫を気遣うのは当たり前でしょう? そ、そんなことくらいでこの私の……勇者が隠し通してきた想いが、わかるわけが……」
しかし、
「それに……その剣」
「⁉」
とウィリアに言われた瞬間に、彼女の表情は引きつって硬直してしまった。
ウィリアは、オルテイジアの「妖精王からもらった聖剣」に優しい微笑みを向ける。
「その剣…………オルティちゃんは、いつも、どこに行くのにも持ち歩いてたよね? デザインはダサダサだし、攻撃力も低いし……いくら『オーラを飛ばす』特殊効果があるって言っても、今までは勇者だってことを隠してたんだから、それを使うことは出来なかったんでしょ? それなのに、捨てたり倉庫に預けたりしないで、オルティちゃんはここまでずっと持ってきてた。それは、どうして?」
「そ、それは……」
言葉が続かないオルテイジア。その様子に、ウィリアは自分が思っていたことが正しかったと確信する。
「……ふふ」
それからウィリアは、その場でくるりと回ってオルテイジアに背中を向けて、照れ隠しのように自分の表情を隠す。
「だけど……そんなオルティちゃんの気持ちに、私は、応えることなんて出来ない。私が一番好きなのは、アレサちゃんだから。オルティちゃんの気持ちに甘えて、これからもずっと曖昧な関係を続けるのは、オルティちゃんのことを傷つけることになっちゃう。そんなの、ダメだもんね? だから私、オルティちゃんに私を諦めてもらうために、パーティからクビにしようって言ったの」
「ど、どうしてそんなことを⁉ 私は、姫のおそばにいられるなら、そんなことは……」
オルテイジアはウィリアに向かって首を振りながら、王宮騎士として、そして勇者としてふさわしい、責任感あふれるセリフを口にしようとする。
「……」
しかし、それを最後まで声にすることは出来なかった。
彼女はすでに、気づいてしまっていたのだ。
たとえここで、「貴女が自分の気持ちに応えてくれなくても構わない」、「アレサが好きでも構わないから、これからも貴女のそばで護衛させてほしい」と言って、ウィリアがそれを受け入れてくれたとしても……。自分はきっと、その自分の言葉どおりになんて出来ない。
もう、これまでのようにウィリアと一緒にいるだけで満足することは出来なくなっている。自分の心は、すでに「それ以上」のことを求めてしまっている。そのくらい、大きく強く膨らんでしまっていたのだから。
「ホントに、ごめん……ね? それだけは……オルティちゃんに、ちゃんと言っておかなくちゃって思ったから」
無言のオルテイジアに背中を見せたまま、ウィリアは彼女から一歩遠ざかる。
「私、もう行くね? アレサちゃんが、待ってるから……」
だが、その次の一歩はなかなか続かない。
『適当勇者』と呼ばれていた彼女も……自分のことを好きと言ってくれるオルテイジアを簡単に切り捨てられるほど、適当な性格ではなかったのだ。
しばらくの、沈黙の時間。
そこで。
「ひ、姫っ!」
言葉を失っていたオルテイジアが、ようやく、ウィリアの背中に叫び声を投げた。
「もし……もしも……もしも私が、自分の気持ちを、貴女に伝えていたら……! アレサよりも先に、貴女に告白をしていたら! 姫は私に……なんと言ってくれましたか⁉ アレサの気持ちに応えたように……私の気持ちにも、応えてくれましたか⁉」
唇は震え、声は痛々しいほどにかすれている。まるで、溺れた人が誰かに助けを求めているように、ウィリアに向けて必死に手を伸ばしている。
いまさらそんなことを聞いても、すでに出てしまった結論は何も変わらないというのに……あまりにも未練がましくて、情けない。そこにはもはや、勇者の勇ましさも勇猛さも、どこにも存在しない。
「オルティ、ちゃん……」
ウィリアはつぶやく。彼女の瞳から、また一筋の涙がこぼれる。
しかし、彼女はそれをすぐに手で拭うと、ダンスでも踊るように体全体を動かしてクルリと振り向き、
「もーうっ! そんな『もしも』は、ダメだよー⁉ 時間を戻すことなんて、誰にもできないんだからさー!」
と、最高に可愛らしい表情で笑う。
それから……。
彼女はその笑顔に、ほんの一瞬だけ寂しさをにじませて、
「でも、多分…………すごく嬉しかったと、思う……よ」
そうつぶやくと、すぐにまた背中を向ける。
そして、あとはもう何の迷いもなく、真っ直ぐにアレサのもとへと走り出してしまった。
あっという間に小さくなって、見えなくなるウィリアの背中。オルテイジアは、脱力するように、伸ばしかけていた手を下ろす。同時に、顔も沈んでうつむいていく。
彼女の視界の端に、先程ウィリアが言っていた妖精王の剣が入る。
「ふ……」
苦笑いの出来損ないのようなものを浮かべて、つぶやく
「姫……。ああ……貴女は、分かってくれていたんですね……? 私の気持ちを……。私が、どれだけ貴女を愛しているかを……」
その表情が、次第に崩れていく。苦笑いさえも保っていられないほど、気持ちが高ぶっていく。
「私が、この剣を肌身離さず持っていた……そんなの、当然じゃないですか。だってこの剣は、貴女が私にくれたもの……。貴女から私への、プレゼント……。私には、売ったり捨てたりすることなんて出来ない……他の何にも代えることの出来ない、『だいじなもの』だったのだから……」
そして彼女はその場に膝をついて……。
わんわんと声を上げて、泣き出してしまった。
とても情けなく、見るに耐えないほどに惨めな姿だ。生まれたばかりの赤ん坊でも、今のオルテイジアの様子を見たら、呆れて大人しくなってしまうかと思うほどに、周囲をはばからないブザマな姿だ。
だが、それは仕方のないことだった。
そこにいたのは、もはや伝説の勇者なんかではない。数多の騎士を統率していた、元王宮騎士団長オルテイジアでもない。
ただの、恋に破れた一人の可愛らしい女性だけだったのだから。
――――――――――――――――――――
それから、約半日後。
合流したアレサとウィリアは、これまでのようなアクシデントもなく順調にラストダンジョンの冒険を続け、とうとうその最終地点……魔王のもとに到達した。
その魔王は、ラスボスというにふさわしい実力をもった相手で、アレサもウィリアも、これまでのどんなモンスターよりも――イアンナやオルテイジアたちとの戦いのときよりも――、壮絶な戦いを繰り広げることになった。
そして、その戦いが始まってから一時間ほど。
彼女たちはついにその戦いに……敗れてしまった。
「う、うう……ア、アレサ、ちゃん……」
「こんなことに、なるなんて……。ウィリア……ごめん、なさい……」
傷だらけの状態で、魔王城の床に倒れている二人。ウィリアの剣は根元から無残に折れている。アレサの魔力もすでに完全に尽きていて、初級魔法の一つさえも使うことは出来なそうだ。
もはや立ち上がる体力もなく、ただただ、二人で手をつないで「最期のとき」を待っているだけの状態だった。
ゴォォォー……。
見上げるほど巨大な体の魔王が、そんな彼女たちに向けて大きな口を開ける。すると、その口の中にどす黒いエネルギーがたまり、真っ黒な球が出来上がっていく。それは、相手に闇属性のエネルギー弾をぶつける攻撃魔法だ。火球の魔法に似ているが、その威力は初級属性魔法の火球とは比べ物にならないほど強力で、その証拠に、周囲の壁にはこれまでにその闇魔法によってあけられた大きな穴がたくさんあった。
今の満身創痍のアレサたちでは、それをよけるのは無理だろう。
「もしも……私たちが生まれ変わったら……」
悲惨な状況とは裏腹に、ウィリアが穏やかな表情で微笑む。
「私……アレサちゃんが来世でどんな姿になってても……絶対にアレサちゃんのこと、見つけるからね? アレサちゃんを見つけて……今度は私の方から、アレサちゃんに告白するね……? だからそのときは、今度こそちゃんと私たち……結婚しよう、ね?」
「ウィリア……」
わずかに残されたすべての体力を使って、ウィリアの手を強く握るアレサ。そして彼女も……まるで晴れた日にピクニックでもしているかのように幸せそうな笑顔をつくって、ウィリアに応えた。
「そんなの、当たり前でしょう……? 私だって、ウィリアのことを見失ったりしない……。私たち、来世でもずっと一緒よ……。愛しているわ、ウィリア」
「私も、愛してるよ……アレサちゃん」
そこで、魔王が闇魔法を放った。
もはやすべてを悟ったかのように心安らかな二人は、すでに他のことを何も気にしていない。ただ、少しずつその唇を近づけ、結局今まで一度も出来なかった口づけを、かわそうとする。
しかし、それよりも先にその闇魔法が彼女たちに直撃して……二人の姿を、跡形もなく消し去ってしまった。
「……あーあ。やっぱ、ダメかー」
そんな二人と魔王のことを、少し離れた位置から見ていた人物がいる。
アレサとウィリアがクビにした三人のうちの、最後の一人。女吟遊詩人のエミリ・アスハだ。
「メチャ
眼の前で、かつての仲間が跡形もなく消滅させられてしまったというのに。エミリの様子には、あまり悲壮感はない。彼女は、アレサたちのことを何とも思っていないのだろうか? むしろ、自分を突然パーティからクビにした彼女たちのことを恨んでいて、いい気味だとでも思っているのだろうか?
……いや、違う。
「アレサ……ウィリア……好き同士のあなたたちは、結婚するんでしょ? こんなところで、死ぬつもりなんてないんでしょ? ……だったら、二人のことはあたしが絶対に助けてあげるから。こんな悲しい結末なんて、あたしは認めない。絶対に、これから何度
それから彼女は、右手の人差し指と中指でピースサインを作って、まるで若い女性が写真にとられるときのポーズのように、横向きに顔の隣に持ってくる。そして、
「だる・せーにゃっ」
という奇妙な呪文とともに、可愛らしくウインクした。
すると、次の瞬間……いや……それは
何にせよ。
とにかくそのエミリの不思議な行動によって時間軸の進行方向はねじまがり、「アレサたちが魔王に倒された」という事実は、消滅してしまった。時間は過去のある時点にまでさかのぼり、それ以降に起きたことは、すべて無かったことになったのだ。
あまりにも突拍子もない――いや、ある意味ではありがちな。
この世界の常識を超越している――しかし、「
そんな、超常現象。
それが彼女、エミリ・アスハが…………いや、
……………………………………………………
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