第9話
予想もしなかったウィリアの言葉に、明らかにうろたえるアレサ。
「ウィ、ウィリア……あ、貴女、自分が何を言ってるか、分かってるのっ⁉ そ、そんなダメよ! だ、だって……」
「でも……」
ウィリアはアレサには振り返らず、後ろ姿のまま答える。
「でも、このままじゃアレサちゃん……悪者になっちゃうもん。私が勇者じゃないのは……もう、しょうがないけど。でも、だからってアレサちゃんを悪者にするのなんて……私、耐えられないもんっ!」
どこか、ふざけて冗談でも言っているような口調のウィリア。しかし、その体は静かに震えている。
きっと、そこにあるのは彼女の本気の感情なのだろう。
そんなウィリアの強い気持ちに、オルテイジアも心を動かされたのか、彼女は「ふむ……」とつぶやいて、しばらく何かを考えるように頭を傾けてから、
「ウィリア姫やゴールバーグ家を操っていた『魔女』は、人に憑依するタイプの、悪霊のような魔物だった。なんの罪もない村娘のアレサは、今までその『魔女』に憑依されていただけだった……というのは、どうだろうか?」
と言った。
「……うん。ありがと、オルティちゃん」
ウィリアは切ない笑顔でそうつぶやくと、持っていた剣を手放す。
そして、それ以降はその場に立ち尽くしたまま、適当な彼女らしくもなく、大人しくなってしまった。
「アレサ……あとは、お前だけだ」
オルテイジアはもう、アレサに剣を向けたりしない。
「……」
すでに、分かっているのだ。
アレサが、自分とウィリアの提案を受け入れるしかないということ。そうすることが、すべての者にとって一番よいということ。
そして……それをアレサ自身もとっくに理解している、ということを。
「アレサ……この街を離れて、しばらくどこかに身を隠すんだ。私たちは、これから行く先々で『お前が魔女に操られていた』という話を広めてまわるつもりだが……それでもしばらくは、お前自身のことを『魔女』だと思いこんで迫害する市民もいるだろう。ウィリア姫の側にお前がいたら、『また魔女が良からなぬことを企んでいる』なんて、言われてしまうかもしれない。しかしそんな心配は、私とウィリア姫で魔王を倒して、その残党もすべて始末して世界が完全に平和を取り戻したあとならば、もうなくなっているはずだ。そうなれば、お前は自由だ。もちろん、もう勇者パーティでもないお前には、ウィリア姫との接点もなくなってしまうだろうが……賢者のお前なら、きっとどんな場所に行っても輝かしい未来を手に入れられるさ」
優しい微笑みで、オルテイジアはそう言った。
それに対してアレサは、
「そうね……。きっとそれが、正しい選択よね……。賢い選択……なのよね」
とつぶやいて、オルテイジアと同じくらいに優しい微笑みを返す。そして、自分の提案が受け入れられたと思ったオルテイジアが、気を緩ませたところで……、
「でも悪いけど……私って、『世界一愚かな賢者』らしいのよねっ!」
と叫んで、彼女に向かって
その魔法は、これまでアレサが滅多に使ってこなかったものだった。
長い付き合いのウィリアでも、それをアレサが実際に使っているのを見たことはない。もちろん、オルテイジアがそれを食らうのも、初めてだった。それくらい、滅多なことがない限りは使わないようにしてきた、「最後の手段」の魔法。食らった相手のことを考えたら、使うのを躊躇してしまう禁呪…………記憶喪失の呪術だった。
それが失敗したときの対象者の頭脳へのダメージが計り知れないため、本当に切羽詰まったときにしか使うつもりがなかったその魔法を、使った。それは、そのときのアレサにはそれだけ後がなくて、ほかに選べる手段がないほど「切羽詰まって」いた……ということなのだろう。
「ウィリア! これでもう、大丈夫よっ! 今私は、オルテイジアから『勇者』の記憶を消したわ! これで、オルテイジアは自分が『勇者』の子孫であることを忘れて、貴女はまだ勇者を名乗ることが出来る! だから、私たちも……」
背中を向けるウィリアに、そう言って手を差し伸べるアレサ。しかし、彼女はその手を取ろうとしない。
「ウィ、ウィリア……ど、どうしたの⁉ これでまた、私たちは勇者パーティになれるのよ⁉ 魔王を倒して、恩赦だって、結婚だって……」
「だめだよ」
「え……」
ウィリアは首を振る。
「そんなことしたって、私が本当の勇者じゃないことは……変わんないもん。オルティちゃん以外にも、この街の人はもうそれを知ってる……。私のお父様とか王国の人たちだって、知ってるんでしょ……? 他にも、知ってる人はいるかもしれないし……。アレサちゃんは、そんなみんなの記憶も消しちゃうつもりなの? ずっと封印してた危ない魔法を、片っ端からみんなにかけて回るつもりなの? ……ううん。そんなこと、優しいアレサちゃんが出来るはずないよ」
「ウィリア……」
振り返った彼女は、ボロボロと涙を流していた。それも、ついさっき泣き出したというわけではないだろう。きっと、アレサに背中を見せたときからずっと、彼女は泣いていたのだ。
さっきまで、さんざんオルテイジアが勇者らしい行動をして、それが周囲の人たちを幸福にしている姿を見せつけられていた。真の勇者はオルテイジアのほうで、自分は一国の王女にすぎない。自分には、魔王を倒してアレサと結ばれる未来を掴み取るだけの力はない。むしろ、そんな自分のせいでアレサが『魔女』と言われて街人に責められている。
そんな様々な出来事に絶望した彼女の心は、すでに、ポッキリと折れてしまっていたようだ。
さらには……。
「アレサよ……これ以上、ウィリア姫を悲しませないでくれ」
オルテイジアが、ウィリアを自分の体に引き寄せて、彼女の泣き顔を周囲から隠す。今の彼女は、さっきと何も変わった様子はない。勇者の記憶を失っているようには見えない。
「な、なんで……?」
驚くアレサに見せるように、彼女は自分のシルバーの鎧の首元から、紫色の宝石のような飾りがついたネックレスを取り出した。
「説明が漏れていて悪かったが……実はこれも、真の勇者の血族が代々引き継いできた勇者専用装備のアクセサリーで……『すべての状態異常を防ぐ』という特殊効果があるんだ」
「そんな……」
最後の手段すらも破られ、もはや完全に打つ手のなくなったアレサ。その場に崩れ落ちる。
そんな彼女を憐れむように、オルテイジアは穏やかな口調で言った。
「私も、やり方がよくなかったな……。かつての仲間が精神的に追い詰められる姿を見るのがこんなにつらいとは、思わなかったよ。今日はもう、ここまでにしよう。結論は明日の朝まで待つよ。あとはウィリア姫とアレサで話しあって、これからどうするかを決めてくれ」
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