第11話

 当初の予定通り。

 魔王城ラストダンジョンへの再出発の準備をするために、最寄りの街ラムルディーアに帰ることにしたアレサとウィリア。


 しかし、歩き始めてすぐ。

 まだイアンナたちの姿がハッキリと見えるくらいのところで、隣を歩くウィリアが、イジワルそうな顔でアレサに話しかけてきた。


「あのダークエルフの呪術師ちゃんが、最初からずっとアレサちゃんの足を動かなくさせてたってことはさー……。アレサちゃんは、イアちゃんがやってること、最初っから気付いてたってことだよねー? イアちゃんが味方のパーティにも内緒で呪術師ちゃんを隠してたってことを、知ってたんだよねー? だったら、なんでそれをすぐ言わなかったのー? それを言っちゃえば、きっとあのマジメそーなサムライちゃんなんてすぐに怒っちゃって、戦いどころじゃなくなってたと思うんだけどなー?」

「え? そ、それは……」

 アレサは何故か、少し言葉をつまらせる。


「そ、それは……アレよ! ま、まだ最初は、あの子たちの考えが分かってなかったと言うか……ほ、ほら! あの呪術師のことはレナカたちも知っていて、知らないふりをしていただけかも、って思ったのよ! もしかしたら、レナカたちも呪術師も全員グルで、全部が彼女たちの作戦だったかもしれない、って! だ、だから私は、そのへんを見極めるために様子をみていて……」

「えー?」

 その答えに、ウィリアは不満そうだ。


「だったらなおのこと、呪術師ちゃんのこと気付いているよー。その作戦、意味ないよーって、教えてあげてもよかったんじゃなーい?」

「ぎくっ⁉」


「そもそも、賢者のアレサちゃんは周囲の魔力とか感じ取れちゃうから、【空】で姿が透明になっててもあんまり意味ないしー。それは、最初あの子たちが隠れてたときにアレサちゃんが速攻気付いちゃってた時点で、あの子たちだって、分かってたはずだよねー?」

「ぎくっぎくっ⁉」


「だとすると、サムライちゃんたちが呪術師ちゃんのこと知ってたんなら、それをいつまでもアレサちゃんに隠す意味なんてないような気がするけどー?」

「だ、だから……そ、それは……」

 何か言い訳を考えようとするアレサだが、賢者のくせにそういうことは苦手らしい。結局都合のいい理由が思いつかず、関係ないことを言って誤魔化すのだった。


「あ、ウィリアっ! あんなところに、宝箱があるわよっ⁉ 街から魔王城目指したときはなかったような気がするし、正直めちゃくちゃ不自然だけど……でもラストダンジョン近くだし、もしかしたらすごく良いものが入ってるかもしれないわ! 開けてみましょう! ……って、ぎゃーっ! ミミックだったわーっ!」

「……ふふふ」


(ホントは私、知ってるよ? アレサちゃんは……ずっと、調べてたんだよね? イアちゃんの新しい仲間が、どんな人たちなのか……。イアちゃんの勝手な行動を許してくれるような人たちなのか……。ここでイアちゃんの隠し事をバラしちゃっても、彼女とこれからも一緒にいてくれるようなパーティなのかって……。自分が悪役になっても……無理して自分の体を張ってでも……。あの子たちのことを、調べてたんだよね……? だって……)

 牙の生えた宝箱に噛みつかれて一人で慌てているアレサに、ウィリアは愛おしそうに微笑んでいる。

(だって、そもそもアレサちゃんがイアちゃんをクビにしたのだって……このまま私たちと一緒にいたら、イアちゃんはいつまでも私たちに甘えてしまうから……。このままだと、いつまでたってもイアちゃんが独りよがりな秘密主義をやめられないと思ったから……。イアちゃんにもっと成長してもらうために、わざと、クビにしたんだもんね……)


 そしてウィリアは、

「私、アレサちゃんのそういうところが尊敬できるから……アレサちゃんのこと好きなんだよっ!」

 と、最高に可愛らしい表情でつぶやいた。

 

(結局、イアちゃんはまだまだ自分に自信がなくて、秘密主義を卒業出来てなかったみたいだったけど……。でもそれも、多分もう大丈夫だよね? アレサちゃんや私が無理しなくても、もう、イアちゃんは大丈夫。だってあの子……昔から人を見る目は、すっごく良いんだから!)





 さっきアレサたちが戦った場所では、いまだにイアンナが、ガックリと肩を落としてうなだれていた。



「うう……」

 自分をクビにしたアレサたちに勝って、彼女たちを見返したかった。自分の価値を認めてくれなかったアレサたちに、復讐したかった。イアンナのそんな気持ちは、今は完全に消えている。


 自分が今まで良かれと思ってやっていたことは、周囲の人間を傷つけるかもしれない自分勝手な行動だった。自分がパーティをクビになったのは、アレサがそんな自分の弱さを見抜いていたから。

 それを思い知らされて、もう何をする気力もなくなってしまっていたのだ。


 いまだに周囲で自分を見下みおろしている二位パーティは、きっと自分の勝手な行動のせいで仲間を危ない目に合わせたことを、怒っているのだろう。これから、その仕返しをされるのかもしれない。それも仕方ない。

 しかし……。



「それじゃあ……そろそろ出発しましょうか?」

「……うむ。そう、だな」

「うあぁー、なんか消化不良だぁー。今日は悪酔いしそぉー」

「あっあー。途中で、教会に寄ってもらってもいーいー? 今日はー、もうすぐ他宗派別グループの子とやる合同ミサ対バンの打ち合わせがあってー……」

 アレサたちと同じように、二位パーティの面々もイアンナに背中を向けて、彼女を置いて歩きだしてしまった。


 ああ、そうか……。ワタシなんか、仕返しするほどの価値もないんだ……。

 立ち去る四人の背中を見ながら、そんなふうに、彼女がまた気持ちを落とそうとしていたところで……。



「いつまで、そうしているつもりなのですか?」

 パーティリーダーのレナカが振り返り、イアンナに言った。

「え……」

「私さっき、出発する、って言いましたよね? だからイアンナもそんなところで座っていないで、ついて来てくださいよ。……あなたはもう、私たちパーティの一員なのですから」

「で、でも……ワタシの勝手な行動のせいで、さっき……スズさんが……」

 格闘家スズの方に一瞬視線を向け、それからすぐに気まずくなって、視線を外すイアンナ。そんな彼女に、パーティメンバーたちが口々に言う。



「まさか……われがあんなことくらいで、まだ怒っているとでも……? ……うぅぅ……ショックですぅ」

「え、えぇっ⁉ い、いやっ、そういう意味ではなくて……」


「あ、イアちゃんさぁ、これからもちょくちょく【心】やってよねぇ? あれ、さいこぉだよぉーっ! めちゃくちゃスカッとするんだもぉーん!」

「そ、それは別に、構わないんですけど……」


「あー、そういえばー。イアちゃんってー、まだ担当の色メンカラーって決まってなかったよねー? 何色が好きー? このパーティ……実は赤があいてるんだよー? うふふふー」

「そ、そんなっ⁉ 恐れ多いですっ!」


 そんなふうに、さっきのことなんて全然気にしていないような面々に、イアンナは混乱してしまう。助けを求めるように、またリーダーのレナカに視線を向ける。すると彼女は、マジメで優等生な彼女らしい真剣な表情で、イアンナのその視線に応えてくれた。


「どうしました? なにか、おかしなことがありましたか? 私たちは当然、いまでもイアンナのことを、自分たちの仲間だと思っていますよ? ……あなたは、そうではないのですか?」

「だ、だってワタシは、さっき……」

「まあ確かに、私たちのことを信頼してもらえてなかったのは少しショックでしたが……。でもそれは、このパーティに加入したばかりのあなたにしてみれば、当然のことです。あなたにそう思わせるくらい、私たちの努力が足りていなかったということ。私たちが、あなたとまだちゃんと信頼関係を築けていなかったということの証拠です。あなたというより、むしろ私たちにとっての反省点です。だから、それを理由に一度雇ったメンバーをクビになんてするわけないでしょう? ……どこかの愚かな賢者じゃあるまいし」

「で、でもっ……」

「……イアンナ」


 それでもまだ何か言おうとするイアンナを、遮るレナカ。

 彼女はマジメな表情を崩して、我が子を見守る母親のような優しい微笑みとともに、言った。


「アレサさんはああ言ってましたが……。私は、あなたの用心深さや謙虚さは、間違いなく美徳であると思ってますよ? その良さが、たまたま今日は裏目に出てしまった……それだけです。一度や二度の失敗なんか気にしてたら、何もできないじゃないですか? 私たちだってみんな、これまでに数え切れないほどの失敗を重ねて、沢山の人に迷惑をかけて、ここにいるんです。それに比べたら、今日のあなたのことなんか、失敗のうちにも入りませんよ」

「レ、レナカ、さん……」


「まあ、それでもあなたがどうしても気になるというのでしたら……次からは、報・連・相なんて意識してみると、いいのかもしれませんね?」

 まるで下らない冗談でも言うかのような、優しいレナカの表情。

「う、ううっ……」

 イアンナは、自分のしていた勝手な行動が、どれだけ愚かだったのかということを思い知らされた。そして……その愚かな過ちを、眼の前の四人はとっくに許してくれているのだということも。


 彼女は、いつの間にか流れていた大粒の涙を拭うと、「……はいっ!」と大きく返事をして、レナカたち二位パーティを…………いや、彼女が心から信頼出来る新しい仲間たちのあとを、追いかけるのだった。



「よっし! 今日は、イアちゃんの歓迎会だぁーっ! そういや、まだやってなかったもんねぇっ⁉ 今日は飲むぞぉーっ!」

「あー。じゃあじゃあー、打ち合わせキャンセルするねー? ってゆーかー、その他宗派の子も、歓迎会呼んでいーい?」

われ……その前に……お風呂入りたい……」

「あんばよういっただがね、あんきだぎゃー」

 そんなことを話しながら……イアンナを含めた六人・・は、その場を去っていくのだった。


「え? なんか今、余計な声しなかった……?」




 そして。


(ふふ……頑張れ、イアちゃん!)

 そんなふうに新しい一歩を踏み出した新生二位パーティたちの様子を、優しい表情で見ていたウィリアは……。

 そこでようやく、ミミックに上半身を完全に飲み込まれてしまって呼吸ができなくなっていたアレサが、ピクピクと体を震わせているのに気付いて、慌てて彼女を救出するのだった。




――――――――――――――――――――




 同じころ。


 辺境の街ラムルディーアには、アレサたちが付与術師イアンナと同時にクビにした女戦士……オルテイジアがいた。彼女はパーティをクビになったあとすぐ、用があって、この街を離れていた。そして、たった今戻ってきたところだったのだ。


 心地のいい暖かい風が、鎧姿の彼女の紫色のショートカットを揺らす。

「ふふ……」

 アレサにクビを告げられたときこそ、取り乱して憤慨していた彼女だが……今は、落ち着いている。それが、アレサやウィリアたちとは少しだけ年上な彼女の、本来の姿だ。


 街の入口には、モンスターに支配されていたころに完全に破壊されてしまった門が、骨組みだけだが、再び造られはじめていた。

 それが、自分たちが救出したこの街が、少しずつ日常を取り戻している証のように感じて……オルテイジアは、感慨深そうに微笑むのだった。



 すると、そこで……、

「キャー! 誰か、助けてーっ!」

「……むっ!」

 街の外からそんな叫び声をあげて、一人の少女が逃げてきた。


 アレサたち勇者パーティが中ボスを倒して、この街はモンスターの支配から解放された。とはいえ、魔王城最寄りのこの付近の治安が完全に良くなった……とは、まだまだ言えないらしい。

 見ると、近くの森の中から一体の骸骨戦士――魔王城付近に出現した上級種よりもさらに強いと言われている、伝説の最上級レアモンスター――スケルトン・デラックスが、少女を追いかけてくるところだった。


「……下がっていろ」

 オルテイジアは逃げてきた少女をかばうように、一歩前に出る。

「あ、貴女は、街を救ってくれた戦士様⁉ で、でも、相手がアンデッドでは、戦士様では……」



 実は、骸骨戦士をはじめとしたアンデッド系のモンスターには、単純な物理攻撃は通用しない。物理攻撃で何回倒しても、すぐに復活してしまうのだ。

 だからそういう敵を倒すには……僧侶の神聖魔法か。強力な火属性魔法で、骨や腐った肉体ごと完全に焼き尽くすか。あるいは、邪悪な力を抑え込む効果のある『聖なる光の力』によって浄化する必要があった。


 しかし、アレサに「魔法が使えない脳筋アタッカー」と言われてしまうようなオルテイジアでは、神聖魔法も属性魔法も使えない。まして『聖なる光の力』を使えるのなんて、この世界でただ一人、伝説の勇者だけだ。

 だから、ただの戦士に過ぎない彼女には、その骸骨戦士に対抗する手段なんてあるはずが……。


「安心しろ。もう、大丈夫だ」

 いまだに震えている少女に優しい声をかけながら、オルテイジアは右手の小手ガントレットを外す。そして、素手となった手の甲を骸骨戦士に向け、力を込めた。


 次の瞬間、彼女の右手の甲からまばゆい光が放たれる。

「悪しき力に囚われた亡者よ……お前のいるべき場所に、帰るがいい!」


 パァァァ……。


 その、『聖なる光の力・・・・・・』をあびた骸骨戦士は、ただの骸骨に戻ってしまったかのように力を失って、その場に崩れ落ちる。そして、やがてその骨も灰のように粉状になって……風に吹かれて霧散してしまった。



 危機が去ったことを知った少女は、頭を下げて感謝を示す。

「あ、ありがとうございました! で、でも、どうして……? いくら勇者様パーティのメンバーとはいえ、普通は、戦士様にあんなことは…………えっ⁉」

 その少女は頭を上げたところで、さきほど光を放ったオルテイジアの右手の甲に、輝く紋章があることに気付く。

「そ、そんな……その紋章は……。そ、それじゃあ……まさか……」


 やはり、ラストダンジョン直前の街ともなれば、『その人物』に関する歴史や情報が、他の街よりも多く伝わっているのだろう。少女は、その紋章の意味・・・・・に気付いたのだ。


「ふっ」

 オルテイジアは少女の視線を受け、少し気恥ずかしそうに笑う。そして、

「もう、隠す必要もないか……」

 とつぶやくと……彼女に、自分の『本当の職業クラス』を語った。

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