第9話

「ワ、ワタ……ワタシは……」

 かつての仲間のアレサと、現在の仲間の二位パーティ。五人に問い詰められ、気弱なイアンナは泣きそうな顔で後ずさる。


 そんな彼女に、「やっぱり……自分からは教えてくれないのね……」と、悲しそうな表情をつくるアレサ。

 それから彼女は、「真実」をすぐには口にせずにもったいつけるように――あるいは、イアンナが自分から話してくれるまでの猶予を与えるように――、説明を始めた。



「振り返ってみると……貴女はこれまで一度も、『自分が使える最大の数の付与術』を使っていなかったわ……」

 アレサは周囲の二位パーティを見回し、指折り数えながら話す。


「最初に、貴女たち二位パーティが私とウィリアに向かってきたとき……。前衛のサムライのレナカと格闘家のスズ、それぞれに、【風】と【盾】が付与されていた。だから、それだけで四つ。あと、レナカにだけは【矛】もかけられていたから、これで五つ。それに追加して、隕石の魔法を使おうとしていた魔導士のハルには【心】もあって……全部で、六つの付与術を使っていた」


 冒険者ランキングにはあまり興味のないアレサだが、二位パーティメンバーの名前くらいは知っているようだ。彼女は、自己紹介されたわけでもないレナカたちの名前をスラスラと口にしていた。


「そのあとで、そのハルが隕石の魔法を使い始めたときは……魔法を使っているハルの【心】はそのまま有効で、それにプラスして、自分を含めた全員に【盾】を付与した。だから、その時点で六つ。あと、前衛の二人については……なぜか格闘家のスズの【風】だけを残していたわよね? ハルの隕石が発動してからは、レナカは一度も【風】の高速移動や、【矛】の居合抜きをしなかった」

 アレサは、レナカが途中から遠距離技・・・・を使ったり、走って・・・攻撃を仕掛けてきたことを言っているのだろう。

「つまり、あの時点で彼女の【風】や【矛】は解除されていて、彼女には最低限の【盾】しか付与されていなかったということになる。貴女があのとき同時に使っていた付与術は、全部で七つだったのよ…………これは、貴女が私たちに隠れて・・・やっていたこと・・・・・・・についての、ヒントの一つと言えるでしょうね」


「……ぅ」

 イアンナは相変わらず何も語らない。しかも、アレサの言葉に精神的に追い詰められてしまったようで、後ずさりもやめてその場にペタンと座り込んでしまっていた。


 アレサは続ける。

「だって、貴女が使える付与術の最大数は、八つのはずでしょう? 全部合わせてもまだ七つしか使っていないのだったら、あと一つ付与術が使えたはず。なのにどうして、前衛二人両方の【風】を残さなかったの? 中途半端にスズの【風】だけを付与したままにしたから、さっき彼女とレナカが私にしかけてきた合体技コンビネーションは、タイミングがずれてしまっていた。そのおかげで私は、これまで何度もやってきて本当なら付け入るスキなんてないはずの彼女たちの攻撃を、回避できてしまった。それをキッカケに、彼女たちの態勢を崩すことができてしまった」

「……」

「……」

 そのことは、合体技を仕掛けた本人であるレナカとスズが一番よく分かっている。二人が今、何も言わないことが、アレサの言葉が正しいことを証明していた。


「そして何より不自然だったのが……さっきの、私の火球のときよ……」

 アレサはそれから、とても言いにくそうに。むしろ、言いたくなさそうに……。イアンナに対する「告発」の、本題に入った。


「さっきも言ったように、あのとき貴女が同時に使っていた付与術は、魔導士に対する【心】と、各メンバー分の【盾】が五つ、格闘家の【風】が一つで、全部で七つだったはず。……でも、私が火球を使った瞬間だけは、さらにそこから格闘家スズの【盾】さえもなくなってしまっていた。合体技を崩して同士討ちさせたときには確かに彼女に付与されていた【盾】を、イアンナはなぜかもう一度有効化しないで、全部で六つの付与術しか使っていなかった。それは、どうしてか……」


 アレサはイアンナの目を真剣に見つめる。

 それは、告発している彼女をさらに追い詰めるため……ではない。彼女に懇願しているのだ。これから自分が言おうとしていることを、どうか、貴女の口から言って欲しい。これ以上、貴女の新しい仲間たちを裏切り続けないで欲しい……と。

「……う、あ……あ」

 しかし、イアンナは何も言ってくれなかった。

「……っ」

 アレサは、寂しそうに顔を一瞬歪める。

 そして、ようやくその「真相」を口にした。


「貴女はあのとき、実はちゃんと付与術を八つ使っていたのよね? 六つしか付与術を使わなかったんじゃなくて……すでにあと二つ……【盾】と【空】を、別の対象・・・・に使っていた。だから、もうそれ以上は使えなかったのよ。……その、対象とは!」

 すかさず、火球の魔法を唱えるアレサ。それは、少し距離が離れた誰もいない場所・・・・・・・に向かって飛んでいく。

 その場所は、さっきアレサが自分に向かってきた隕石を、風の魔法で放り投げた場所だ。


「……っ⁉」

 その瞬間、その誰もいない場所の空気が、ゆらりと動いたように見えた。空間自体が揺らいで、人の形になって移動を始めたのだ。

 その「人型の揺らぎ」は素早く、アレサたちがいる場所から離れていってしまう。


「あぁっ⁉ ちょ、ちょっと待てコラぁ!」

 魔導士のハルがそれに気付いて、魔法で石を飛ばしたり、地面からツタのようなものを出現させて拘束しようとする。

 だが、もともと距離が離れていたことにくわえ、その「人型の揺らぎ」は基本的な運動能力も高いらしく、その魔法を簡単に避けてしまう。たとえ【風】を付与された格闘家が追いかけても、捕まえるのは難しそうだ。

 誰にもどうすることも出来ず、そのままどこかに逃げてしまうかと思えた。


 しかしそこで……。

「まーまー。せっかくここまでいたんだから、このさい最後までアレサちゃんのお話、聞いてこーよー? ……ねー?」

 いつの間にか、勇者ウィリアは復活していたらしい。彼女がその「透明な人影」の進行方向に回り込んで、「それ」を押さえつけてしまったのだった。


「う、うう……」

 とうとうイアンナは、隠し通すのを諦めた。そして、いままでずっとその「人影」にかけていた【空】――透明化――の付与術を解除した。

 すると……見たことのない人物が現れた。



 枯れ草や動物の骨を使っているらしい、奇妙なデザインの服装。防御力は低そうだが、その分、魔力を高める効果があるのだろう。

 肌は濃い緑色で、その上から白や赤の塗料で独特な模様が描かれている。顔だけ見れば異国情緒エキゾチックな雰囲気の女性のようでもあるが、胸元は控えめで、スラリとした頭身の高い体つきもあって中性的だ。

 輝くような銀色の長髪も、そこからのぞく長い耳も、アレサたち普通の人間とは違って見える。

 むしろ、それは……、

「げげぇっ⁉ こいつ、ランキング三位のダークエルフじゃんっ!」

 魔導士ハルがそう言ったように。

 それらの特徴は、彼女が森の妖精エルフの一種であるダークエルフ族であることを示していた。



 彼女の存在に最初から気付いていたアレサは、その姿に特に興味はなさそうに、イアンナの方に向き直った。

「つまりイアンナは……私たちを倒すためにレナカたち二位パーティだけじゃなく、そこのランキング三位の呪術師にも協力を依頼していたのよ。……さっきスズに【盾】をつけてあげられなかったのは、この呪術師に、すでに二つの付与術を使っていたから。姿を隠す【空】と、私が投げた隕石から身を守るための【盾】を、使ってしまっていたから……だったのね? レナカたちは貴女のことを信頼して、パーティの一員として貴女に自分たちの背中を任せてくれたというのに……。貴女は、そんな彼女たちのことを全然信用していなかった。だからレナカたちには言わずに、勝手にこんなことをしていたのね?」


「あ、ああ……なんてこと、でしょうか……」

 パーティリーダーのレナカが、がっくりと肩を落とす。

 そんな彼女に同情するように自身も顔をうつむかせたアレサは、

「イアンナ……貴女、私がクビにしたときから何も変わってないわね……」

 とつぶやいた。

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