肉食系男子改造計画

kou

肉食系男子改造計画

 高校から一人の少年が帰宅した。

 目元が釣り上がっており、どこか近寄り難い雰囲気を感じさせる顔立ちをしている。野良猫の様なその表情は、彼の生来の性格から来るものなのだろう。

 名前を、石原いしはら悠人ゆうとと言った。

 悠人は、「ただいま」と気怠い口調で家に入った。

 するとキッチンの方から、エプロン姿の少女が出迎える。

 腰の下まである長い黒髪をポニーテールにし、顔立ちも幼いながらも整っており、美少女と言って差し支えない程に可愛らしい。

 名前を綾瀬あやせ未歩みほと言う。小学5年生だ。

 二人は、両親の再婚に伴い兄妹になった義兄妹だった。

「お帰り、お兄ちゃん」

 未歩の可愛さに悠人は見惚れる。

 しかしすぐに目を逸らし、ぶっきらぼうに言う。

「……今日も夕飯作ってんのか?」

 その問いに、未歩は不満そうに頬を膨らませた。

 未歩は、小学5年だが料理の腕は大人顔負けだ。悠人の胃袋を掴んだと言っていい。だから悠人が未歩の手料理を食べたいと思う気持ちは当然なのだが……。

「仕方ないでしょ。お父さんもお母さんも仕事で遅いんだもん。そんなことよりさぁ~」

 未歩は両手を合わせ、キラキラとした目を向ける。

 未歩の顔を見て嫌な予感を覚えた悠人は、思わず一歩後ずさった。

「一緒に、お風呂入ろ」

 予想通りの誘い文句に、悠人は脇をすり抜ける。

「俺、シャワーで済ませるから」

 悠人は風呂場に直行し、未歩はしかめっ面をした後、諦めたようにため息をつく。

 そしてリビングに戻ると、テーブルの上に夕食が並べられていた。

 悠人も着替えて席に着く。

 2人で手を合わせて食べ始める。

 悠人はご飯を口に運びながら、向かい側に座っている未歩を見た。

 長い黒髪に大きな瞳、整った鼻筋や桜色の唇など、どこをとっても文句なしの美少女である。

 さらに頭が良く、スポーツ万能でもあるのだ。まさに非の打ち所がない女の子だろう。

 ただ一つだけ問題があるとすれば―――ブラコンだということか。

 いや、悠人は重度のシスコンなので、どっこいどっこいと言えばそうなのだが、未歩は小学5年で、悠人は高校2年だ。

 単純に5歳も歳の差があるのだが、未歩は悠人への好意を隠すことなく、隙あらば迫ってくる。

 正直、かなり危険なのだが、それがまた可愛いと思ってしまう自分がいるのだった。

 悠人は食事後に筋トレを開始した。

 義理の父親が現役プロレスラーにして、母親はボクシング・元日本女子ミニマム級チャンピオンということもあり、日課になっている。

 腕立て伏せをしながら、悠人は未歩のことを考える。

(未歩には悪いけど、俺は妹と付き合うつもりなんてないし)

 それはつまり、交際も結婚するつもりもないということだ。

 いくら血が繋がっていない兄妹とはいえ、まだ11歳の子供と交際なんてできない。そもそも、未歩はまだ小学生なのだ。

 しかし、未歩はそれを理解した上で、積極的にアプローチしてくる。どうすれば良いものだろうか?

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか筋トレメニューを終えてしまった。汗を流した後、プロテインを飲んで終了とする。

「あれ。お兄ちゃん、プロテイン変えたの?」

 テーブルの上にあるプロテインの袋を見て、プロテインを飲む悠人に、未歩が声をかけてきた。

「ああ。ずいぶん前からな。牛乳から作るホエイプロテインから、大豆から作るソイプロテインに変えたんだよ」

 プロテインは筋肉を作る上で重要な栄養素だ。

 その種類は大きく分けて、ホエイ、カゼイン、ソイとある。

 ホエイ、カゼインは牛乳から作られる。

 ホエイは摂取後の吸収が早く、筋タンパク質を合成するのに必要なアミノ酸が豊富に含まれている。

 カゼインはホエイに比べると、吸収が遅くてアミノ酸の含有量は多くない。ゆっくり長時間をかけて吸収されることから、運動後などではなく就寝前の摂取が勧められる。

 ソイは大豆とする植物性のプロテイン。

 脂質が少なく、グルタミンなどのアミノ酸が豊富に含まれている。脂肪が少ない点は、ダイエットなど減量中のタンパク質補給にも適したポイントだ。カゼインと同様、吸収がゆっくり行われることも一つの特徴となっている。

「ふーん。どうして?」

 未歩は訊く。

「今まで飲んでたホエイプロテインが3000円も値上がりしてな。ソイプロテインの方が安かったんだ」

 しかし、未歩の反応は冷静だった。

 悠人はシェイカーを洗うと、部屋へと戻る。

 未歩はスマホを開き、何かを検索する。

 すると、信じられない物を見つけたように目を見開く。そして慌てて戸棚を開け、悠人が飲んでいたソイプロテインを手にする。

 未歩の表情に憎しみに似たものが浮かぶ。


 ◆


 翌朝、悠人が食後にプロテインを作ろうとして戸棚を開けた時、ソイプロテインの袋が無かった。

「あれ。ここに入れておいたハズなんだけど」

 悠人が戸棚を探していると、未歩が現れた。

「未歩。ここに入れておいたプロテインを知らないか?」

 すると未歩は困ったようにした。

「あれね。実は、ゴキブリがたかってたから。捨てたの」

 悠人は驚きの声を上げる。

 未歩はニヤリと微笑んだのを、悠人は知らない。

「安心して。夜の内に、私が新しいプロテインを注文しておいたから、今日の夕方までには届くよ」

 悠人はホッとした様子を見せる。

「そうか。ありがとうな、未歩」

 悠人は、その場を後にしていた。

 未歩は微笑んだまま、スマホを開く。

 

 【ソイプロテインのデメリットと噂】

 ソイプロテインは男性ホルモンのテストステロンを減少させてしまう効果がある。

 テストステロンは、「モテフェロモン」と言われており異性を惹きつける効果があると言われている。

 その他にも性欲増大やポジティブ思考になるといった多くの効果がある。テストステロンは筋肉トレーニングを行い筋肉がついてくると増えていくが、ソイプロテインでは減少させてしまうという。

 結果として男女共に、性欲が減退すると言われている。


「お兄ちゃんは、あんなものを飲んでちゃいけないのよ」

 未歩は不敵な笑みを浮かべた。

 次に未歩はネット通販の発注画面を開く。

 メンズ専用プロテインが注文されていた。

 そのプロテインは、様々な宣伝文句が並べられていた。


 イザという時奮い立たない。

 パートナーを満足させられない。

 最後まで続かない。

 勃起力低下の悩みを抱えるあなたへ。

 100種類ものパワー系素材を配合。

 野性的でパワフルな男らしさを手に入れられる。


 そのキャッチコピーを見て、未歩はほくそ笑む。

 悠人の精力が弱まっていることは、一目瞭然だった。

 それは、あのソイプロテインのせいだ。

 その結果、悠人は今や、メェメェ鳴くヒツジ。

 ただの草食系男子となってしまったのだ。

 他の女が入る余地はない。

 全ては兄・悠人と結ばれるため。

 そのためなら、どんなことでもできる。

「これで、ギンギンの肉食系男子になれるわ! お兄ちゃんは、私のものなんだからね……」

 未歩は勝利のガッツポーズを決め、小学生とは思えない悪魔に憑かれた笑みを見せた。

 玄関を出た悠人は、背筋に悪寒を感じた。

「風邪でも引いたかな?」

 悠人は首を傾げながら学校へと向かっていた。


 ◆


 未歩は、兄から取り上げたソイプロテインの袋を見ていた。

「どうしよ、これ。捨てるのはもったいないし……。そうだバニラ味だし、お父さんのコーヒーに入れるミルクにしちゃお」

 未歩はキッチンへと向かった。

 その後ろ姿には、悪魔の尻尾が見え隠れしているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る