【KAC202305】筋肉に惑う

天鳥そら

第1話筋肉って言われても

「う~ん。筋肉か……」


 私の部屋で友達の独り言が響く。桜がまさに満開を迎えようとするころ。3月の下旬に入ったばかりである。年度の切り替えを前にして、友人の口からもれる筋肉という言葉に反応した。


「なに?なになに?筋肉ってどういうこと?肉体美の男でも見かけた??」


 特に筋肉にこだわりがあるわけではないけれど、男の人の筋肉は私にとって憧れでもある。女子にはないですからね。


「いや……。そういうわけじゃなくてさ」


 きまり悪そうな顔でA4サイズの鞄の中から、薄い緑色のクリアファイルを取り出す。私はクリアファイルを受け取ると、なんのちゅうちょもなく薄っぺらな紙切れ1枚取り出した。


「筋肉って……今度のテーマなの。ゴールデンウィークのさ、初夏の祭典の……」


 私に対して挙動不審になることないのに。創作活動でサークル参加していることを変に気にしている。


「今から?がんばるね~。春はどうするの?」


「春は委託にした。オンリーもあるしさ、学校のこともあるから今回は一般参加にしたの」


「そっか~。私にはわからないんだけど、がんばってね~」


 薄っぺらな紙を上から下までざっと眺める。小説家と漫画家が一緒の合同誌だ。筋肉をテーマに小説や漫画、イラストを描くらしい。締め切りが3月の末日になっているからヤバいんじゃないだろうか。


「私、小説じゃん。そんで、筋肉がでてきそうな話って、今まで書いたことないんだよね。だから、困っちゃって」


「え?それじゃ、不参加?」


「それは、イヤかな。どうしよう……」


「どうしようって言われてもね。筋肉に関する医学用語書き連ねるとか?」


「それじゃ、小説にならないし」


 二人の話題が筋肉についてになり、その日はそのまま別れた。友達と別れた後、ネットを見ても、テレビを見ても、ラジオを聞いていても、筋肉という言葉に反応する。


 友達が筋肉について悩んでいる間、私も筋肉に意識を向けていた。しばらくの間、筋肉に関する記事や情報を友人に渡したりしていた。単純に友達の力になりたいからってだけなんだけど、まわりの人はそうは思わなかったらしい。


 友達が無事に脱稿したのを聞き、私も同じようにはればれとした顔をしていると、深刻そうな顔をした彼氏が現れた。


「どうしたの?元気ないね」


「俺、筋肉ないけどさ、このままお付き合い続けていいんだよね?」


「はあ??」


「だってさ、会うたんびに、筋肉の話ばっかりで、他の話ほとんどしなかったじゃん」


 泣き出さんばかりの彼氏に、あっと開いた口に手をあてる。友達がオタクというか、サークル参加を隠している。だから、彼氏には、事情を説明せずに筋肉について意見を聞いていたのだ。


「いや、ごめん。ちょっと、筋肉に関する意見を求められてて……」


 友達のことを伏せて説明をしたので、彼氏に納得してもらうために、ずいぶん時間がかかってしまった。


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