筋肉異世界アナボリック ~転生して学園生活を送りつつ筋肉の頂点を目指す筈の話~

於田縫紀

プロローグ 異世界転生のお約束

プロローグ1 これは事故です

 ふっと目の前が明るくなった。

 眩しい位の光の中、人型のシルエットが見える。ギリシャ神話の神々のような、白いトゥニカの上にやはり白い長衣ヒマティオンを着装した女性だ。


「此処は運営神の空間です。私はアナボリック世界の神が一柱、筋肉神テストステロン


 声とスタイルからすると女神のようだ。

 しかしアナボリック世界とは何処なのだろう。それにテストステロンとは確か男性ホルモンの名称。女神の名前としてふさわしくない気がする。


「確かに此処は貴方がいたテレーン世界ではありません。それに名前についても此処アナボリック世界とテレーン世界とは異なります」


 そうなのか。そう思ってそして気付く。俺が考えている事が読まれている!


「私は神です。言葉にしなくてもそれくらいは読み取る事が可能です」


 神なのか、やっぱり。

 ならば此処は何処だ。何故俺がここにいるのだ。そして何故目の前に神が出現していたりするのだ。

 そこを説明して欲しい。


「此処はアナボリック世界の運営神空間です。コウジ・タドコロ。貴方は地球、私達の呼称ではテレーン世界で死亡し、魂が霧散するところでこの世界へと召喚されました」


 出来ればコウジ・タドコロではなく日本風に田常呂たどころ浩治こうじと呼んでほしい。けれどわかるからまあ、そはそれでいいとしよう。

 あとどうやら説明はしてくれるようだ。これで何が何だかわからないまま放り出される心配をしなくて済む。


 ところで召喚と言うと、いわゆる異世界転移とか転生というやつだろうか。


「その通りです、コウジ・タドコロ。私は貴方を私が管理するアナボリック世界へ転生させる為、テレーン世界からこの世界へと喚びました」

 

 間違いない、異世界転生だ。しかし何故俺は喚ばれたのだろう。

 俺は特に変わった人間では無い。ごく普通の大学生(24歳)だ。特に優れた能力なんてのも無い。


 ひょっとしたら死んだ人間全てが異世界に転生できるのだろうか。でもそうだとすれば死者1人1人全てに運営神なる存在がレクチャーをする事になる。それはそれで大変だ。


「いえ、今回は特別です。

 私が管理するアナボリック世界は今、危機に瀕しています。悪魔カタボリックや、堕神エストロゲンとその使徒メタボリックによる侵略を受けているのです」


 何か聞いた事がある名詞が入っている気がしたが気のせいだろう。

 女神テストステロンの説明は続いている。


「このままではアナボリック世界が滅亡してしまう。そこで人々は神に救いを求めました。そこで私、筋肉神テストステロン悪魔カタボリック堕神エストロゲン使徒メタボリックと戦う事が可能な勇者を、アナボリック大陸へと送り出すこととしたのです」


 なるほど。という事は俺が勇者という事なのだろうか。


「いえ、違います」


 女神テストステロンはあっさり否定した。なら今の説明は何なのだろう。


「勇者は既に送り出しました。コウジ・タドコロがいた世界とはまた別の世界になりますが、

 ○ コウジがいた世界では東大にあたる大学に合格したものの

 ○ 筋肉鍛錬の為に大学を中退し

 ○ その後親との喧嘩で仕方なく、コウジのいた世界では東京医科歯科大にあたる大学に入り直したものの

 ○ やはり筋肉鍛錬の為に大学を中退し

 ○ 超一流の筋肉鍛錬家となった

まさに勇者にふさわしい存在の男性です」


 何だその冗談みたいなスペックの人間は。俺なんて辛うじて二流大学に一浪して入って、かつ2年から3年に上がる際に単位が足りなくて一留しているというのに。

 そして勇者が既にいるなら、何故俺が此処に喚ばれたのだ!?


「勇者を喚び出す際、事故が発生しました。

 私は勇者をこちらの世界へ喚ぶ為、通称いつものトラックという召喚専用妖精エルフを送り出しました。しかし妖精エルフが接触する前に勇者が亡くなってしまったのです。体脂肪を落とす為のダイエットで」


 ダイエットで命を落とす? どういう事だ?


「筋肉鍛錬の世界では筋肉を増強するとともに脂肪を極限まで落とす事が正義です。そこで彼は脂肪を落としすぎた結果、異常な低血糖状態となり、急性心不全を引き起こして死んでしまったのです」


 そこまで極限を目指すことはないだろうと俺は思う。でもまあ俺が住んでいる世界とは違う世界の事。常識がきっと違うのだろう。

 しかしそれが何故、俺に関係するのだ? 疑問は解決されていない。


「勇者の素質がある者は貴重です。ですのですぐに私は彼の魂を拾い上げました。

 しかしその為、本来彼の魂を運ぶ筈だった妖精エルフが目標を見失ってしまいました。その結果暴走し、比較的近い世界にいたコウジ・タドコロ、貴方を此処へと連れ去ってしまったのです」


 何だって! なら俺が此処にいるのは、つまり事故という訳か。


「その通りです。ただしコウジ・タドコロ、貴方は既にテレーン世界で死亡しています。元に戻すことは出来ません。

 ただしコウジ・タドコロが死んだのは私、筋肉神テストステロンの責任です。


 ですので神の力で貴方を我がアナボリック世界へ転生させよう、そう思った訳です」


 俺は死んでしまった訳か。でもそう言われると、確かにそんな記憶がある。

 歩道を歩いている最中、いきなり出現した旧型トラックに当たったような、そんな記憶が。


 でもそれなら元の俺に生き返る事は出来ないのだろうか。

 何せ転生まで出来る神なのだ。可能な気がする。


「いえ残念ながらコウジ・タドコロの魂はテレーン世界の運営神の管轄から外れてしまっています。ですから地球に転生する事は出来ません」


 そうなのか。

 しかし生まれ変わる先のアナボリック世界とやらは侵略されている最中と聞いている。そんな危険な場所へは出来れば転生したくない。


「心配いりません。コウジ・タドコロより少し前に勇者召喚は完了しました。ですからコウジ・タドコロが何もしなくても解決する手筈になっております。

 それにコウジ・タドコロがアナボリック世界でやっていけるよう、特別に恵まれた能力を幾つか授けようと思っています。また転生先も恵まれた環境となるよう考慮するつもりです」


 つまりチートが貰えるという事か。ならそれほど心配しなくていいかもしれない。

 ひょっとしたらなろう小説みたいな活躍が出来る可能性もある。なら元の人生よりよっぽどいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る