駄菓子屋あまのじゃく

景綱

第1話


 道に迷った。おかしい。

 いつもの帰り道のはずなのに、なぜだ。こんな通りあったっけ。石畳の道なんて記憶にない。

 んっ、駄菓子屋あまのじゃく?

 首を傾げて看板をじっとみつめる。ここはいったいどこだ。あまのじゃくって。とんでもないところに迷い込んでしまったのか。けど、なんだかそそられる。


 ちょっと覗いてみようか。


 あれ、開かない。やっていないのか。もう一度、力を入れて引き戸を開けようと試みる。ダメか。


「何してるんですか。そこじゃないです。その右側が戸なのに」


 突然の可愛らしい女の子の声にハッとしつつも、右側に目を向ける。

 右って、壁だけど。よく見れば、手をかけられるくぼみがあった。そんなことあるのか。僕は首を捻り、くぼみに手を入れて力を入れた。

 開いた。

 その瞬間、店の中に吸い込まれ、バカでかい壁にぶつかりそうになる。


「うぉっ」


 お、鬼だ。筋骨隆々した赤い肌の鬼がいる。肩は盛り上がり、二の腕もぼこりと出っ張っている。しかも厚い胸板で腹筋も割れている。これはやばい。ここは逃げるしかない。


「す、すみません。間違いました」

「待て、おまえ人間か。これは珍しい訪問者だ」


 顔はオヤジだけど、イケメンボイス。あれ、そういえばさっきの可愛らしい声はなんだったんだ。もう一人いるのか。


「おい、何をぶつぶつ言っている。俺様のこの腕で締め上げてやろうか」

 締め上げる? 馬鹿を言え、あの筋肉質の太い腕で締め上げられたら、間違いなく即死だ。


「あ、いえ。それは。あの帰りますから」

「ふん、ダメだ。こんな美味そうな人間を帰らせるわけにはいかないな」

「にぃに、邪魔しないでくれますか」


 んっ、あ、いた。女の子。これは可愛い。けど、にぃにってこの子も鬼なのか。角がないけど。


「なんだと」

「文句なんて言わせません。絶交ですよ。というか、もうお払い箱です」

「す、すまん」

「もう遅いです。にぃにはケツバットで地獄行きです」


 よくわからないが、逃げるが勝ちだ。ゆっくり後退りしていくと後ろの戸がバシンと閉まってしまった。

 まずい、閉じ込められた。


「人間、逃げようとしても無駄だ。ここに迷い込んできたおまえがいけなんだからな」


 そんな。僕はどうしてこんなところに来てしまったんだろう。どうしよう。ここから逃げるにはどうすればいいんだろう。

 そうだ、ここは駄菓子屋。何か買えば帰してくれるかもしれない。


「あの、買い物すれば帰してくれますか」

「ふん、ダメだ。俺様の食事になれ」

「にぃに、うるさいです。あの人はあたしのお客。さっさとぶっ叩かれて奥へ行ってください」

「そんなこと言うな」

「わかりました。にぃにはもうあたしから卒業です。あたしの家から出て行ってください。赤の他人です」

「おい、おい。そんなに睨むな。行くから奥でおとなしくしているから」

「何をいっているんですか。あなたは誰ですか。泥棒さんですか」

「ああ、もう」


 赤鬼はキッと僕を睨み、腕に力を込めて力こぶをみせつけて消えた。

 なんだよ、もう。けど、助かったのか。ホッと息を吐き、女の子に微笑み「ありがとう」とお礼を言った。


「なんですか。助けたと思っているんですか。違いますけど」


 違うのか。それなら、この子に食われるのか。


「あの、何か買うから帰っていいんだよね」

「そんなこと言ってないです。それに人間に買わせるお菓子なんてありませんから」


 どうしよう。困った。


「けど」

「けど、じゃありません。あなたが今日からあたしのにぃにです」


 えっ、どういうこと。そう問いかけようとしたら、女の子がニタッと笑った。


「ここは駄菓子屋あまのじゃく。あまのじゃくですよ。わかりますか」

「いや、そのよくわからないけど。あまのじゃくといえば、本心を隠して裏腹なことを言うとか。妖怪というか。嘘つきのイメージが」


 この子はあまのじゃくなのか。


「うるさいです。そんなこと聞いてないです。とにかく、ここは駄菓子屋じゃありません」


 駄菓子屋じゃないって。確かに、どこにもお菓子はない。なんかよくわからない箱はあるけど。ここはなんなんだ。さすが、あまのじゃくってところか。そんなことどうでもいい。どうにかして、帰らなきゃ。


「あの、僕は帰りたいんです。お願いです」

「はい、わかりました。それなら、これを食べてください。そうすればここから出してあげます」


 なんだあれは。お菓子か。違う。真っ黒い小さな玉だ。正露丸みたいに見える。あんなものを食べたら死ぬんじゃないのか。あの子はあまのじゃくだぞ。素直に食べていいのか。


「どうかしましたか。はい、どうぞ」


 どうしよう、どうしよう。

 食べても食べなくても、危機的状況なのは変わらない。後ろの戸はおそらく開かない。逃げ場はない。逃げるにしても、女の子の奥へ逃げたら鬼がいるはず。

 ダメだ。食べるしかないのか。


「大丈夫、あなたはにぃにになるだけ」


 いったいなんだ。にぃにになるって。

 あっ、くそ。女の子が黒い玉を強引に口へ突っ込んできた。まずい、飲み込んでしまった。終わった。これで僕は死ぬんだろうか。ほら、来た。く、苦しい。身体が痛い。裂けてしまいそうだ。


 痛い、痛い、痛い。

 骨がきしむ。


「うぉーーー」


 痛みが頭を突き抜けた瞬間、スッと痛みが引いた。


「うん、うん。なかなかいける。ほら、見てみて」


 ドンと姿見鏡を目の前に置かれて驚愕きょうがくした。ぼくはボディビルダーのような筋肉質のたくましい姿に変貌へんぼうしていた。まるでさっき見た赤鬼のようだ。


「新しいにぃに。あなたはずっとあたしと一緒。次、人間が迷い込んで来るまで」


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駄菓子屋あまのじゃく 景綱 @kagetuna525

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