第22話 勇気を出して
「いやあ、僕のものなんてどうせ大したことないしさ、ユリアにはもの足りないんじゃないかなー、なんて、あはは」
「そんなことはありません。私を満足させてくれるのは我が君だけで……はっ、誤解しないでください、決していかがわしい意味ではありませんから! 変な想像は禁止です!」
「分ったから剣を振り回さないで、危ない! ……いい? 落ち着いたね。とにかく、ユリアが無事でよかった。一瞬ヒヤリとしたけど」
「面目しだいもございません。悪しき竜のかけらが剣に変じていると気付けなかったのは全く
ユリアが笑う。
「僕はただ無我夢中だっただけで……結局最後は君に助けられちゃったわけだし。あんまり買い被られても、その、困る。だって僕は」
タツヒトじゃない、と口に出すことはできなかった。ユリアのがっかりした顔を見るのが怖かった。
ユリアはきっぱりと首を振った。
「買い被ってなどおりません。我が君の力量の低さは、誰よりこの私が承知しています。一人前には程遠い。とても騎士と呼ぶには値しません」
「ははっ、そりゃそうだよね」
竜仁は力なく口元を緩めた。剣を取っての戦いなど、もちろんこれまでの人生で経験したことはない。運動も得意ではなかったから、この先の伸び代もきっと少ない。
しかも敵は人外の化け物だ。黒騎士の剣を止められたのだって、ほとんどまぐれみたいなものだ。やはり竜仁はユリアにふさわしくなかった。本当に隣に立つべきはタツヒトだ。
「ですが」
ユリアはとても真剣な瞳をしていた。野山に咲く花のような、清楚で気持ちのいい香りがした。竜仁は少し深く息を吸い込んだ。
「我が君は戦士にとって何より大切なもの、勇気をお持ちです。私はあなたを誇りに思います。ですから我が君が、と、殿方としての勇気をお示しになられたとしても、何も驚きはいたしません。むしろ望むところと申しますか……ふしだらな気持ちではなく、主としもべが、信頼と忠義の証を交わすのも、ありではないかと……」
「ユリア」
竜仁はユリアの手を取った。包み込むように握り締める。さっきまで剣を振るっていたのが嘘のように小さくて、けれど伝わる温もりは竜仁の全身を隅々まで巡っていく。
「もし僕が勇気を出せるとしたら、それは君のおかげだ。君がいるから僕は強くなれるんだ。だからもしよければ……これからもずっと、君の傍にいさせてほしい」
「はい」
ユリアは嬉しそうに頷いた。
「こちらこそ、ずっとお傍にいさせてください」
「ユリア……」
「我が君……タツヒ、竜仁様……」
おそらくそれは二人の心が初めて真に通じ合った瞬間だった。少なくとも竜仁はそう感じた。だから迷わなかった。
可憐なユリアの唇に触れようと近付いていく。ユリアは竜仁に手を委ねたまま、微かに切なげな吐息をついた。
「お取り込み中ごめんなさい。自分でも無粋だとは思うんだけど」
ぎくりと竜仁の身が強張った。
「仲良く
「うぇっ、鷹司さん、違うんです! 全然そんなんじゃないんです! そもそもユリアに特別な感情なんてこれっぽっちも持ってないですし! な、そうだよな!?」
竜仁以上にうぶで純情なユリアのことだ、きっと直ちに同意するだろうと思いきや。
「我が君」
「え?」
「失礼をば」
「失礼ってなんの、ぶほぉぁっ!」
ぶっ飛ばされた。バットで顎をフルスイングされたみたいな衝撃に目が回り、大の字に引っ繰り返る。
「いきなり、なにすんの……」
ぴくぴくと痙攣しながら問えば、竜仁に強烈な肘鉄を喰らわせたユリアは、「ふんっ」とそっぽを向いてしまった。
「今のは
鷹司までもが呆れた風情で追い討ちをかける。いったい自分が何をした。
心の内で理不尽さを嘆きながらよろよろと身を起こす。そして寄る辺なき世に惑う男がもう一人。
「……ん、ここは」
まさしく憑き物が落ちたという風情で、意識を取り戻した彦坂がぼんやりと辺りを見回す。服装はごく普通のシャツとズボンだ。甲冑の名残など細片たりとも見当たらない。
「僕は今まで何をして……」
さまよっていた視線が、ふいに一点で固まった。その先にはジャージを着た鷹司が腕組みをして、冷めた風情で彦坂を眺めていた。
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