第18話 ヘルプコール
「ごご、ごめん、僕全然そんなつもりじゃなくてっ」
二度あることは三度ある。武力制裁の発動を恐れた
「……非は私にあります。これから戦いに赴こうというのに、別のことに気を取られ、我が君をみすみす危険にさらしてしまいました。面目次第もございません」
「いや今のは僕が不注意だったせいだしさ。だけど別のことに気を取られてたって何? 心配事?」
「そ、それはっ」
竜仁の服を掴む手に力がこもる。
「ですからっ、今はそのようなことを考えている場合ではないのです!」
ユリアはぷいと顔を背けた。シーツの包みを抱え直し、竜仁を振り払うようにして歩き出す。どうやら怒らせてしまったらしい。
「ところで」
「なんでしょう」
竜仁が話題を変えると、ユリアはどこかほっとした顔をした。
「方向はこっちで合ってるのかな。敵の気配とかってちゃんと探れてるの?」
なにしろ竜仁には分らない感覚である。ユリアは頷いた。
「あれは私達とは大いに異なる存在です。悪しき竜の砕けたかけらに過ぎないとはいえ、ひとたび顕現した以上、痕跡を隠し切れるものではありません」
「そうなんだ。じゃあ大丈夫だね」
何気なく
夢で見たユリアの勇姿を思い起こす。昼間は竜仁が足を引っ張ったせいで不覚を取ったが、力を十全に発揮できればまず勝てるだろうとは思う。しかし。
「あの気味の悪い黒い騎士と戦うのは分るよ。むしろ積極的にどうにかした方がいいと思う。
「無論戦って討ち取ります。あの女とは一切何の関りもなく」
「だけど
「こちらのしきたりについては分りかねますが」
ユリアは考える風情になった。
「おそらく問題ないかと思います。魂が完全に融合でもしない限り、しもべを討ったところで主の側にさしたる影響はありません。我が君もご経験された通りです」
「ふんふん、なるほ……」
竜仁は喉に苦い塊を詰まらせた。
実際さっきユリアは黒騎士に討たれているのだ。けれど竜仁の身は平穏無事だった。
「……ごめん、僕のせいで。きっとユリアはすごく痛かったよね」
「どうか誤解なきよう。我が君を責めるつもりなどはありません。ただご懸念を晴らそうとしたまでのこと……ですが、ありがとうございます。我が君の私を思う心、このカナミ・ユリアが
「あっと、着信だ。鷹司さんから? “たす”? なんのことだ?」
取り出したスマホの画面を見て竜仁は眉をひそめた。メッセージアプリで送られてきたのは平仮名が二文字のみだ。スタンプや絵文字なども付いてはいない。
「足す、かな。だとしても意味が分んないけど」
首を捻る竜仁に、ユリアは険のあるまなざしを向けた。
「身内でもない殿方に、夜になって付け文を寄越すなどふしだら極まる。我が君、大事の前です。そのような
「ユリア、ちょっと黙って」
「うぐっ」
「 “たすって何ですか?”っと……うーん、返信来ないな。試しにボイスチャットなんかしてみよっかなー…………やっぱ駄目、か。電話は番号分んないし。うーん、たす、たす、たすけ」
こめかみの辺りにびりっと電流が走った気がした。
「“助けて”か!?」
思わず叫んたのと同時、ユリアが強い緊張の気配を
「この波動は! 悪しき竜のかけら!」
いよいよもってまずそうだ。おそらくは鷹司に危険が迫っている。
「連絡が取れるまでなんて待ってられないな。ユリア」
「はい、参りましょう」
打てば響くようにユリアが応じ、主従はぴたり揃って駆け出した。
「……うわ」
だが並んでいられたのはわずかに一歩だけだった。二歩目にはもうユリアが前に出て、しかもその差はみるみるうちに広がっていく。竜仁はしゃかりきに腕を振り地面を蹴った。息が切れ、心臓が苦しくなってもさらに力を振り絞る。
たとえユリアが異世界から転生してきた聖騎士で、竜仁がこのつまらない世界においてさえつまらない奴だとしても、貫くべき意地がある。誇りがある。
タツヒトの生まれ変わりとしてではなく、自分自身の意志で竜仁はユリアと共にあることを選んだのだ。なのにあっさりと置き去りにされるなんて、かっこ悪過ぎる。
竜仁はしっかりと前を向いた。思いを感じ取ったかのように、先を行くユリアが振り返る。
「我が君、何をちんたらしているのです! やる気があるのですか!」
えー……。
叱られた。
どうやら手を抜いていると思われたらしい。だが遺憾ながら竜仁の太腿はもう痙攣を起こす寸前だった。これ以上は頑張れない。
「我が君?」
速度を落としたユリアが隣に並び、いぶかしげに覗き込む。どうしてだろう。竜仁はゲロを吐くのをこらえながら思った。顔に当たる夜風がやけに目に沁みる。
「はぁっ、どうせ、はぁっ、僕、なんかっ、はぁっ」
「ああ……そういうことでしたか。まことに失礼致しました。我が君にはそれで全力だったのですね」
ユリアは優しくなった。
「どうぞ私の背にお乗りください。その方が速いです」
走りながら軽く身を屈める。竜仁は足をもつれさせかけた。
「どうしました? 遠慮は無用ですよ。私と我が君の仲ではないですか」
「そんな、はぁっ、恥ずかしい真似が、はぁっ、できるかって」
「むっ。我が君は私に寄り添われるのはお嫌ですか」
「違っ、そういうことじゃ、はぁっ、なく、てさっ」
「じゃあ乗って!」
「はいぃっ!」
竜仁は鞭で打たれたように反応した。少女の背に我が身を預け、だがその瞬間体が沈む。頼りなさに脇が冷えたが、下りようとするより早く、しなやかなユリアの腕が竜仁の脚の付け根をがっちりとホールドする。
「しっかりとお掴まりください」
「うわっ!?」
ぐんっと加速した。仰け反った首をどうにか戻し、竜仁はユリアの肩にしがみついた。
そして二人は地を駆ける一個の流星となった。
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