第15話 復活の詠唱

「えっ?」

 竜仁たつひとは布団から跳ね起きた。

 今、はっきりと声が聞こえた。それも外の音を耳で拾ったのではない。心の奥に直接響いたのだ。

 知っている。記憶の中にはっきりと残っている。確かに夢で聞いたのと同じだ。

 そして似ている。


「僕の声、なのか……?」

 違うと思う。竜仁の喋り方はあんなふうに強くない。

 だけど例えば自分がもっと恵まれた体躯たいくを得て、人に仰ぎ見られる立場にいたとしたらどうだろう。まるで同じになってもおかしくない。

 その仮定の意味するところを考える。すぐに一つの可能性に思い至る。


「もしかしたら……僕も」

 間違いではなかったのかもしれない。自分もまた彼女と同じ、異世界からの転生者だったということなのか。


「僕はタツヒトの生まれ変わり……?」

 命尽きるまでユリアを守り、共に竜と戦った天剣騎士。その勇武はまさにユリアのあるじにふさわしい。


「だからユリアは僕のことを我が君と呼んだんだ……ああ、なんていうことだ! 僕がもっと早く真の力に目覚めていれば、みすみすユリアを失いはしなかったのにっ……」


 後悔がつぶてのように竜仁を打った。だがその痛みが、まだ望みはあると思い出させた。

 ユリアの魂はまだ竜仁のもとにある。内なる声はそう告げたのだ。

「だから絶対に蘇らせられるはずだ。必要なのはただ自分を信じる心だけ……思い出せ、我が真名まなはユギ・タツヒト! 天剣騎士にしてユリアの主なり!」


“否だ。断じて、否”

 竜仁はびくりと仰け反った。巨漢に襟首を掴まれたみたいな気分だった。

「え、どうゆうことだよ、じゃあ僕はいったい……」


“汝のごとき惰弱者だじゃくものが我であってたまるか。汝には、我が魂のかけらがわずかに含まれているだけだ。ユリアはそれに惹かれた。決して汝にではない。自惚うぬぼれておかしな勘違いをするな。ぶちのめすぞ“


 竜仁は言い返せなかった。

「……で、その惰弱者にどうしろと」

“ユリアの剣で胸を貫け”

「はあ!?」


“もし汝にユリアの主たる覚悟があれば、剣は我が魂のかけらに届くだろう。さすればユリアの魂と共鳴し、振動させて霊力を高め、再びこの世界に形を得ることがかなう”

「本当かなぁ。僕のことが気に入らないからって、嘘なんかついてない?」


“己の胸に訊いてみろ”

 刺してみれば分る、と言いたいらしい。

「もし覚悟がないのにやったらどうなるんだよ」

“汝の心臓へと至る”

 それは普通に死んでしまう。


「じゃあ僕が何もしなかったら?」

“汝は今のままだ。何も変わりはせん。だがユリアの魂は遠からず失われる。存在が完全に滅するか、それともまた何処いずこかの世界に転生するのか。先のことは我にも分らぬ”


 何も悩む余地はなかった。

 片やノーリスク、片や命懸けだ。しかも身を捨てる覚悟で挑んで、仮に上手くいったとしても、竜仁には一銭の儲けも出ない。すこぶる厄介で常識外れの同居人が増えるだけのことだ。


 確かに絶世の美少女ではあるけれど、ユリアを相手に甘い展開は期待できない。それどころか鬼軍曹と暮らしているみたいなもので、ひたすら一方的にひぃひぃ言わされる日々が待っている。


 確かに、ユリアが消えたのは竜仁をかばったせいだ。けれどそもそも最初に彦坂ひこさかに突っ掛けて事態を悪くしたのはユリアで、その結果出現した黒騎士は明らかに超常の存在だった。

 天剣騎士の生まれ変わりならぬ惰弱者の竜仁に、事の責任を取れというのは理不尽だ。

 答えははなから決まっていた。


「上等だよ。やってやる」

 竜仁はもぞもぞと服を脱ぎ捨て、上半身裸になった。肌寒さを覚えて身震いする。唇を噛みしめながら剣へと手を伸ばし、硬く冷えた感触に抗うように強くぎゅっと握り締める。


 一呼吸置いて鞘を払った。薄暗い部屋の中でやいばは陰に沈んでいた。それでも鋭さは明らかだ。触れれば切れる。そんな当り前のことが、ひどく恐ろしい実感を持って迫る。

 両手でつかを握る。切っ先をそっと胸にあてがう。瞬間、肌にあわが立った。尖った痛みが心を穿うがち、身の深い部分を震わせる。

 力を込めた。


「くふぅんっ」

 仔犬が鳴くような声が口からこぼれる。小さな赤い粒がぷくりと胸ににじんでくる。やばい。洒落にならない。一思いにこのままぐいっといってしまう? そんなのまるっきり自殺行為にしか見えない。


 それがどうした。

 どうせくだらない人生だった。それにユリアが助けてくれなければ、さっきもう終わっていたのだ。覚悟を決めろ。

「来い、ユリア! 僕のしもべになれ! 僕に永遠の忠誠を誓うんだ!」

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