第14話 夢のかけら
残ったのは服だけだ。だがこれはもともと自分の物だ。だからユリアが存在していた証拠は一つもない。
結局全部妄想だったのだ。いかにも非リア充ぼっちにふさわしいオチだ。ものすごくイタい。けれどそれが現実ならば仕方ない。大人になって受け入れるしかない。
そうして部屋に帰り着いた
「これって……」
大剣が真っ直ぐ壁に立て掛けられていた。
竜仁は魅入られたように手を伸ばし、だが触れる寸前で電気に弾かれたように引っ込めた。長く息をついてから立ち上がり、押入れの前に行って引き戸を開ける。
下の段に置かれた鎧は見ないようにして、上の段に積まれていた布団を引っ張り出す。仄かに自分のものではないいい匂いがする。無造作に床に敷くやいなや、倒れ込むように寝転がる。
少しも眠くなどなかった。ただ起きていたくないだけだ。世界を拒絶するように固く
最初から分っていたことだ。自分ではどうやっても届かない。天剣騎士などと大層な称号を冠されたところで、しょせんは人の世の中でのことだ。世そのものを滅ぼす悪しき竜との戦いにおいては爪の先ほども役に立ちはしない。
だがそれでも、否、自分では決して及ばないからこそ、タツヒトは残る力を振り絞って剣を振るった。竜の吐き出した炎を斬り裂き散らし飛ばす。それでも防ぎきれなかった灼熱の
既に全身には無数の火傷が生じているはずだった。絶え間なく獣に噛みつかれているような痛みが、明らかな生命の危機を告げている。
「マスター!!」
「来るな! 己の為すべきことに集中しろ!」
後ろで上がった悲鳴じみた呼びかけに、決して振り向くことはしない。ユリアは人の最後の希望にして最強の武器だ。自分のごとき凡骨より遥かに巨大な使命を負っている。
聖騎士の霊力が十全に達するまで守りきる。それが天剣騎士たるユギ・タツヒトの果たすべき役割だ。
これまでマスターとして教え導き、サーバントとして仕えさせてきたのも全てはこの時のためだった。カナミ・ユリアの放つ超絶光度の斬撃だけが、悪しき竜を
嵐のような強大な力の高まりを背中で感じる。もしもユリアがわずかなりとも制御を誤れば、至近にいる自分が一瞬で消し飛んでしまうことは必定だ。
だがタツヒトは
あともう少しで霊力が練り上がる。ユリアが必滅の一閃を打ち放つ。マスターであるタツヒトは魂を通じてそれを知る。しかし悪しき竜もまた、原初の本能により危険を感得したようだった。
裂けんばかりに開かれた兇悪なあぎとから、桁違いの熱量を蔵した炎が奔流となって迫りくる。背後でユリアが聖剣を振り上げる。だがわずかに遅い。刹那ののちにユリアの身は焼き尽くされて、やがて世界そのものが業火のうちに沈む、そんなことは己ある限り許しはしない。
「天剣騎士ユギ・タツヒト、
天から落ちる滝さながらに押し寄せる灼熱の炎をめがけ、タツヒトは突っ込んだ。
もはや熱いとさえ感じられない。それは絶対なる無だ。跳ね返すことも受け止めることもかなわず、触れると同時に
作り出せた猶予は文字通り一瞬のみ、しかしタツヒトであったものが真空へと還る狭間に、清冽なる白金の光が生まれて宙を貫く。
(ユリア、我が魂を分かちし愛し子よ……今こそ我は汝と往こう)
ユリアの発した輝きを身に宿しし天剣が、渦巻く炎を断ち割り、巨大な悪しき竜を打ち砕く。
滅びの咆哮が轟いた。
始源より生じ、やがて長き時を経て集まり凝り固まった邪気が、
生ある者がこの場に存在できようはずもなく、全ての霊力を放出したユリアの肉体は微塵となって分かたれ、身の内を満たしていた魂は遥かな次元の彼方に飛ばされた。
全ては夢か幻だ。
だってここにはもういない。
竜仁は茫然と暗い天井を見上げた。
もしも異世界が本当にあって、ユリアがそこから転生してきたのだとしても、違う。
世界を救う騎士が竜仁のしもべであるなどあり得ない。きっとたまたま下の名前が一緒だったせいだ。偶然が生んだ混同だ。
だから自分は悪くない。
どうすることもできない。
元からいるはずのなかった者が元の通りにいなくなった。
ただそれだけのことだ。
忘れてしまばいい。
忘れてしまうしかない。
だってユリアはもういない。
“否だ。ユリアの魂は未だ汝のもとにある”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます