第7話 しもべかストーカー

 ユリアはさすがに鎧姿ではなく、サイズの合わない赤いチェックシャツにデニムパンツをだぼっと着ていた。だがそんなダサめの格好でも元の良さは隠しようもなく、美少女の気勢に若干鼻白んだふうながら、男達はなおもしつこく絡もうとした。


「何言っちゃってんのこの子? まじうけるんですけど」

「演劇の練習とかか? ずいぶん気合入った役作りだな。小道具もやたらと凝ってるし。ちょっとそれ見せてよ」

「触るな」

「ふぐぅっ」


 少女の腰の物に手を伸ばした男が、すかさずの肘打ちを喰らってうずくまる。残りの男達は初め唖然とし、だがすぐに険悪な雰囲気に変わった。ユリアを取り囲むように距離を詰める。


「こら、何やってんだよ!」

 竜仁たつひとが駆け寄ると、白金の髪の少女が振り向いた。張り詰めていた顔が喜びに輝く。


「我が君、やはりこちらにおいででしたか。ご無事で何よりです。これよりのちはお傍を離れることなく付き従わせていただきます。安んじて御身おんみをお預けください」

「ごめん、ちょっと何言ってるか分んない。急ぎの用なの? それとそんな物持ってきたら駄目だって」


 ユリアの腰には革帯で剣が括り付けられている。着ている服の安っぽさに比べ、こしらえの見事さが異常に際立っていて、ちょっと手に取ってみたいと思う者がいても無理はない。


「なんだよお前、そいつの連れか?」

「いや、連れっていうか……」

 問われた竜仁は言葉に詰まった。不法侵入の被害者というのがおそらく一番実態に近いだろう。だがとても上手く説明できる自信はないし、したところで納得されるはずもない。


「いきなり殴るとかあり得ないだろ。どういうつもりだ?」

 竜仁はユリアに一撃された男の方を見やった。さすがにもう立ち上がっていたものの、まだ痛そうに顔をしかめている。


「本当そうですよね。すいませんでした」

「お前じゃなくて、ちゃんと本人が謝れ」

「はい確かに。ユリア、その人に謝って」

「不要です。私は非礼に対する相応の報いをくれたまでのこと。むしろ首を刎ねられなかっただけありがたいと思うのだな、下郎め」


「おい、いい加減にしろよ。女だから何やっても平気だとでも思ってんのか?」

「わー、ほんとすいません、こいつ少し変なんで許してやってください! あとでちゃんと叱っておきますから! とりあえず今は失礼します!」

 竜仁はあわあわとユリアの袖を引っ張った。しかしユリアはびくともしない。


「下郎、まさか私を脅しているつもりか? 全く以て度し難いな。が、弱き者をむやみに打ちのめすのは本意ではない。今ならば見逃してやろう。く立ち去るがいい」

 竜仁は疾く立ち去りたくなった。男達はもう明らかにキレていた。体格腕力共に平均以下の身ではとても抑えられそうにない。下手をすればユリアの代わりに二、三発殴られることになりかねない。


「あなた、大学は勉強するところよ。子供の遊び場じゃないわ」

 だがもはや為す術無しの竜仁に代わり、鷹司たかつかさがすっくとユリアの前に進み出た。そしてくるりと男達の方に向き直る。


「皆さんも落ち着いて、ね。腹が立つのはもっともですけど、相手は子供が一人だけです。これ以上騒ぎが大きくなったらあなた達の方が悪者扱いされてしまうわ。それはさすがに困るでしょう。万一警察でも呼ばれてしまったら、大変じゃありませんか?」

 ゆっくりとスマートフォンを掲げると、鷹司は上品に微笑んだ。




「……本当に助かりました。ありがとうございます、鷹司さん」

 男達がすごすごと退散したあと、竜仁はひれ伏さんばかりに頭を下げた。美人で頭が良くてたぶんお金持ちで、しかも竜仁達の窮地を救ってくれた。もはや雲上人にも等しい。

 しかしユリアは腰に吊るした剣の柄を握り締めた。


「我が君、どうかこの女に決闘を申し込む許可をお与えください。私はもう十六歳、既にれっきとした騎士です。子供呼ばわりは明らかな侮辱です」

「よせって。誰のおかげで無事に済んだと思ってるんだ」


「もしあの者どもが身の程知らずにも挑んできたら、即座に全員返り討ちにしていました。この女が助けたのは奴らの方です」

「そうかもしれないわね」

 鷹司はふっと遠いまなざしをした。


「私も少し後悔してるの。あなたが勇ましく戦っている姿を見てみたかったわ。きっとすごく素敵だったでしょうね」

「貴方はやはり私を愚弄ぐろうしているのだな? そう受け取って構わないな?」


「とんでもない。あなたみたいに綺麗で魅力的な女の子がいるとは思わなかったわ。会えて本当に嬉しいの。これから仲良くしましょうね、ユリアちゃん」

「御免こうむる。私は貴方などに用はない。気安く名を呼ばれる筋合いもな」


「ふふ、つれないのね。仕方ないわ、今日のところはこれで失礼します。さっきの人達みたいに、しつこくして嫌われたくないしね。武大ぶだいくん、お昼はまた今度にしましょう。ユリアちゃんも一緒にね」

 鷹司の後ろ姿を見送ったユリアは、眉間に皺を寄せて首を振った。


「……あの女、いったいどういうつもりなのだ。何を企んでいる?」

 竜仁にも答えようがない。一つため息をついて、ユリアの方に向き直る。どういうつもりか分らないのはこちらも同じだ。


「ユリアが今着てるのってさ、僕の服だよね」

 ユリアは素直に頷いた。

「鎧を着て外に出るなという仰せでしたので」


「うん、確かに言ったよ。でもそれは勝手に出歩くなっていう意味でさ」

「ご心配には及びません。自分の身は自分で守れます。それにしても、正直驚きました。我が君はずいぶんと粗末な衣服をお召しなのですね」


「……だろうね。きみみたいな子から見ればね。僕には金もセンスもないしね、はは」

「ですが、我が君の匂いがします。おかげでここまで辿り着けました」

 ユリアは袖に頬を擦り寄せた。すんっと慕わしげに息を吸う。竜仁の頬が熱くなった。やばい。めっさ可愛い。けど。


 辺りにまだ残っていた野次馬達がざわりとした。

「匂いって……」

「嗅ぎつけて追ってきたってこと? レベル高いな」

「どんなストーカーだよ」


「何がおかしいというのだ。私は我が君の忠実なるしもべだぞ。そのぐらいできて当然だろう」

 ユリアは奮然と周囲を睨みつけた。一瞬静かになったのち、さらに大きなどよめきが立ち上る。


「えー」

「しもべって? どういうことだよ」

「あの子、十六歳って言ってたよな。ちょっと洒落にならなくない?」

「調教とか、洗脳とか?」

「通報した方がいいかも」

 竜仁の口中が干上がっていく。世論の動向は大変にかんばしくない模様だ。


「我が君、何やらひどく不愉快な感じがします」

「奇遇だね。僕もだよ。とりあえずここから離れよう。二人だけになりたい」

 竜仁はユリアの手を取って歩き出した。ユリアは嬉しそうな顔をした。

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